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臨床 2020/08/17

遠隔シミュレーション(Telesimulation)を活用した歯科医院での患者急変対応コースの開発

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2020年1月に国内で最初のCOVID-19患者が報告されて以降、3月にはWHOが世界の流行状況を「パンデミック」と認定し、4月には日本政府から全国に緊急事態宣言が発出された。政府、自治体、学校、企業、個人の様々な対策と努力の結果、5月末に緊急事態宣言は解除されたが、この記事を書いている7月中旬、東京都では連日100人以上の感染者が報告され、第2波への懸念が高まっている。

 

コロナ禍で多くの企業の業績が悪化しているが、歯科業界も例外ではなく、来院患者数の減少、歯科治療やオペの制限、エアロゾル対策などすべての歯科医院と歯科医療従事者が影響を受けたと言っても過言ではない。では歯学教育への影響はどうだろうか。

多くの学術集会やセミナーがオンライン開催に変更となったが、講演はLive配信や録画動画のオンデマンド配信で視聴可能である。しかしハンズオンはオンラインでの実施が難しく、また「3密」になりやすいことから延期や中止となることが多く、学ぶ機会は減っているのではないだろうか。

 

 

われわれは2012年に歯科医院での患者急変に対応するためのスタディグループ「AneStem(アネステム)」を設立し、これまでバイタルサインや歯科治療中の全身管理に関する講演、全身的偶発症対応ハンズオンなどを開催してきた(文献1ー3)。緊急事態宣言が出されて以降、AneStemではすべての講演をweb会議システムZoom(Zoom Video Communications, Inc.)を利用したオンラインセミナーへ変更した。さらに6月からはAneStem YouTubeチャンネルを開設し、セミナーの講演内容をYouTube上で自由に視聴できる環境を整えた。しかしながら、動画の視聴だけでは患者急変時に適切に行動することは難しく、シミュレーション教育が不可欠である。

 

そこでわれわれは「遠隔シミュレーション(Telesimulation)を活用した歯科医院での患者急変対応コース」を開発した。遠隔シミュレーションとは「遠隔コミュニケーションやシミュレーション資源を利用して、遠隔地の学習者へ教育および評価を提供するプロセス」である(文献4)。

 

今回、兵庫県伊丹市の木下歯科医院にご協力いただき、筆者が所属する新潟大学医歯学総合病院・歯科麻酔科と共同で開催した同コースの概要を報告する。

 

遠隔シミュレーション(Telesimulation)を活用した歯科医院での患者急変対応コース

コース開催の2週前から、受講者(木下歯科医院スタッフ)はAneStemが制作した血管迷走神経反射およびアナフィラキシーの病態、診断、初期対応に関する動画をYouTube上で視聴し、自己学習した。コース当日は、大学病院から事前に郵送された酸素マスク、薬剤ラベル付きシリンジ、聴診器などをカート上に準備し、またデンタルチェアに受講者の1人を模擬患者として座らせた。

 

図1 シミュレーションに必要な器具(救急薬品、酸素マスク、聴診器)

 

開始10分前に歯科医院のパソコンおよびスマートフォン、大学病院のパソコンからそれぞれZoomミーティングに参加し、映像と音声による通話が可能な環境を確立した。大学病院の指導者(筆者/歯科麻酔専門医)が歯科治療中の血管迷走神経反射およびアナフィラキシーのシナリオを提示し、歯科医院の歯科医師、歯科衛生士、歯科助手はチームでその診断と初期対応をシミュレートした。

 

図2 シナリオトレーニング中の歯科医院スタッフ

受講者はそれぞれチームリーダー、投薬係、記録係、撮影係、模擬患者を担当する

 

偶発症発症時のバイタルサインの変化はシミュレーションアプリSimMon(Castle Andersen ApS)を用いて再現し、受講者の対応が適切であれば指導者がバイタルサインを改善させた。受講者の1人がスマートフォンのカメラで模擬患者周囲の映像を撮影し、指導者はその映像を見ながら指導を行った。

 

図3 Zoomを利用した遠隔シミュレーションの様子

歯科医院のパソコン(左上)、大学病院のパソコン(右上)、歯科医院のスマートフォン(左下)でそれぞれ撮影された映像が画面上に表示される

 

シナリオトレーニング終了後、振り返り(デブリーフィング)の時間を設け、受講者主体で改善点について議論し、指導者は適宜アドバイスを行った。

 

図4 デブリーフィングの様子

受講者が記入したシナリオの記録をもとに改善点を議論する

 

受講後のアンケートでは、「症例シナリオに沿って実習形式で学ぶことができたため、有益であった」、「事前にYouTubeの動画で基礎知識を学べたため、スムースにシミュレーションに参加できた」などの感想が得られた。コース中に約5分間、Wi-FiトラブルによりZoomの接続が途切れたが、受講者から本コースの内容を遠隔シミュレーションで学ぶことに対する不便さや困難さの訴えはなかった。

 

情報通信技術(ICT)の進歩に伴いオンライン教育は様々な分野に導入されているが、遠隔シミュレーションは比較的新しい手法である。

指導者やマネキンなどのシミュレーション資源不足を解消する方法として、医学教育分野では超音波ガイド下鎖骨上ブロック(文献5)や骨髄穿刺(文献6)の指導に応用されてきた。しかしながら、遠隔シミュレーションを歯科治療時の偶発症対応に応用したのは今回が初めてである。

 

本コースはバイタルサインの評価、偶発症の診断方法、チーム間での良好なコミュニケーションの確立を目的としており、初期対応を指導するが酸素投与、体位変換、アドレナリン自己注射製剤の使用といった簡単な手技のみである。したがってこれらの内容はオンラインで十分指導可能と考える。また、受講後のアンケートからポジティブな意見が得られたことから、「遠隔シミュレーションを活用した歯科医院での患者急変対応コース」は歯科医療従事者にとって有益である可能性が示唆された。

本コースは受講者、指導者ともに自分が勤務する歯科医院や病院から参加できるため、ヒトの移動範囲は日々の生活と同程度である。それにより時間やお金の節約が可能となるだけでなく、COVID-19の感染拡大防止にもつながることが遠隔シミュレーションを活用する大きなメリットである。

 

最後に

遠隔シミュレーションを応用することで歯科医院での患者急変対応をオンラインで学ぶことが可能となった。歯科医療従事者がコロナ禍でも学びを止めることなく、いつでもスキルアップできる環境を提供することが今後の歯学教育に求められる要素ではないだろうか。AneStemでは今後もオンラインセミナーの充実を図り、安全な歯科医療の普及に尽力していきたい。

 

「遠隔シミュレーションを活用した歯科医院での患者急変対応コース」を受講したい方は「https://www.trip-doctor.com/anestem」からお問い合わせください。

 

 

また有病者の歯科治療時の注意点、全身的偶発症の病態や診断についてYouTubeで動画を配信しておりますので、ご覧いただければ幸いです。

 

https://www.youtube.com/channel/UC4BhaBxIgFAYt94V7jpWZiQ?view_as=subscriber

 画像クリックでYouTubeページへ

 

 

参考文献

1. Kishimoto N, Mukai N, Honda Y, Hirata Y, Tanaka M, Momota Y. Simulation training for medical emergencies in the dental setting using an inexpensive software application. Eur J Dent Educ. 2018;22:e350-e357.

2. 岸本直隆、渡辺麻莉、佐久間 泰司、小谷 順一郎 大阪歯科大学附属病院臨床研修歯科医を対象としたバイタルサインセミナーの教育効果 日歯麻誌2015;43:25-29.

3. 岸本直隆、百田義弘 安全・安心な歯科医療の普及を目指した歯科麻酔学教育 歯科医療従事者を対象とした偶発症対応シミュレーションコースの開発 歯界月報 2015;768:61-66.

4. Papanagnou D. Telesimulation: A Paradigm Shift for Simulation Education. AEM Educ Train. 2017;1(2):137-139.

5. Burckett-St Laurent DA, Cunningham MS, Abbas S, Chan VW, Okrainec A, Niazi AU. Teaching ultrasound-guided regional anesthesia remotely: a feasibility study. Acta Anaesthesiol Scand. 2016;60:995-1002.

6. Mikrogianakis A, Kam A, Silver S, et al. Telesimulation: an innovative and effective tool for teaching novel intraosseous insertion techniques in developing countries. Acad Emerg Med. 2011;18:420-427.

 

 

前回までの記事はこちら

第1回「歯科は医科より安全!?」

第2回「歯科治療中の患者急変!~適切な対応ができますか~ Vol.1」

第3回「歯科治療中の患者急変!~適切な対応ができますか~ Vol.2」

第4回「歯科治療中の患者急変!~適切な対応ができますか~ Vol.3」

第5回「歯科治療中の患者急変!~適切な対応ができますか~ Vol.4」

第6回「遠隔 × 歯科 × モニタリング① ~遠隔地からの全身管理についての研究発表~」

第7回「遠隔 × 歯科 × モニタリング② ~遠隔モニタリング・遠隔鎮静の利点と課題~」

執筆者

岸本 直隆の画像です

岸本 直隆

歯科医師

新潟大学 歯科麻酔学分野 准教授
AneStem 代表

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