日々情報が流れ、先達からもたくさんの教えを受けられる今の時代。
けれども、忙しい毎日の中歯科医療人同士で本音を語る機会は減っているように思います。
そこでWHITECROSSでは、これからの時代の歯科を担う若手を中心に、とことん本音を語っていただきました。
今回は昭和大学歯科インプラント歯科学講座の藤井政樹先生。超高齢化社会において今後ますますインプラントトラブルが増えることを危惧し、インプラント専門医の立場からその体制を整えている最中の先生でした。
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誰でもインプラントトラブルに対応できるようなマニュアルを作成して、日本のどんなところでもインプラントトラブルで患者さんが困らないようにしたい。患者さんに「インプラント治療を受けてよかった!」とずっと思っていただく。それが僕の目標です。(インタビューより抜粋)
現在の活動内容
卒後は母校のインプラント外来に残っていましたが、2018年の4月に昭和大学歯学部のインプラント歯科学講座に移りました。
他には訪問対応インプラントマップの運営にも携わっており、全国のインプラントトラブルに対して役に立てるマニュアル作りなどに尽力しています。
卒後、インプラント科への道へ進んだ理由
インプラント科を選択した理由とは
今思えば高校生の頃、母親から「インプラント」と言う単語を聞いたのが始まりだったと思います。当時地元の石川ではインプラントを行なっている歯科医院も少なく、聞きなれない単語であったためなんとなくの記憶なのですが。
その「インプラント」とは歯学部4年生の時に再会しました。古い記憶から「インプラント」とはどのようなものなのかと興味を持ち、学生研究でインプラント科を選択。そこで春日井教授(東京医科歯科大学インプラント科)とお会いしました。すぐに春日井先生の下で学びたいと思い、卒後は迷うことなくインプラント科へ進むことを決意しました。
東京医科歯科大学の恩師と先生方と
インプラント科での大学院生活
大学院ではハイドロキシアパタイトを繊維状にした、ハイドロキシアパタイトファイバーの研究を行いました。臨床では歯周病とインプラントの両者を一口腔単位で診断、治療できるよう心がけました。
また、大学院の最中に、モーリタニア共和国に歯科ボランティアとして参加させていただく機会がありました。特に驚いたのは、そこでは「歯医者」という存在自体を知らない方が多かったということです。麻酔をして抜歯した際にはマジシャンのように扱われ、CR充填をするとダンスをして喜んでくれる方もいたほどです。これは今までにない経験で、歯科医師になって良かったなと強く思った瞬間でした。
モーリタニア共和国での歯科治療をしている時の様子
インプラント × 訪問診療。そこに待つ壁とは
訪問インプラント対応マップへの取り組み
実はインプラントに興味を持つ前、訪問歯科診療の本をよく読んでいました。興味があったのでしょうか、当時は学生ながら見学にも伺うなどの勉強をしていました。
その後インプラント科には進みましたが、先輩の戸原玄先生(東京医科歯科大学高齢者歯科学分野)にはよく訪問のお話を伺うなど、良い関係を持たせていただきました。そんな時に戸原先生から「訪問インプラント対応マップ」を作るための構想段階のお話と、一緒にやらないかとお声がけをいただきました。直感で、僕にぴったりだと思いました。
というのは、よく春日井教授から枕言葉をつけろと言われていたのです。“インプラントの藤井” ではなく、さらにプラスした自分の個性を持てと言うことだと思います。僕はインプラントの中でも、特に周囲炎や清掃性などを考慮するメインテナンスやトラブルに対しての処置に興味がありましたから、“訪問対応インプラント” がしっくりきたのです。
戸原玄先生と
訪問インプラント対応マップとは
訪問対応インプラントマップでは、インプラントトラブルに対応可能な歯科医院を検索することができます。都道府県での絞り込みや、名前や住所などのキーワードで検索が可能です。これによって、地域ごとに近くのインプラント専門医に相談や治療の依頼をすることを目的にしています。
この取り組みは、東京医科歯科大学高齢者歯科学分野の戸原玄先生、昭和大学高齢者歯科学講座の佐藤裕二先生、福岡歯科大学咬合修復学講座の谷口裕介先生、九州大学高齢者歯科学・全身管理歯科学分野の水谷慎介先生とのチームで行っています。医科歯科時代は縦のつながりがメインでしたが、このマップを介して、大学や科を越えた横のつながりで仕事をできることがとても楽しいです。
画像は摂食嚥下関連医療資源マップのスクリーンショット
WHITE CROSSで特集した記事はこちらから
訪問診療とインプラントの現状とは
以前、日本口腔インプラント学会が、歯科訪問診療時におけるインプラント治療の実態調査を行いました。訪問診療時に、口腔内にインプラントがある患者さんをどのくらいみているかという内容の調査だったのですが、結果は3%というものでした。
この結果からも分かる通り、今後在宅医療を必要とするインプラント患者が増えているのは確実です。そのため、訪問診療のクリニカルクエスチョンをまとめた診療マニュアルを作れないか、先ほどのチームで話し合っている最中です。
現状、インプラントの診療は出来ても訪問診療の経験がないのでわからないとか、その逆も多いのではないかと思います。しかし今後それではどうしても対応しきれない世の中になると思うのです。その2つの診療科を繋げていかなければなりません。そのために、訪問歯科の方面はスペシャリストの戸原先生にお任せして、僕はインプラントの方面から少しでも役に立てたらいいなと考えています。
『訪問診療×インプラント』のマニュアル作り
実際に両者を繋げるためのマニュアルを作り始めました。しかしこれには難しい壁がいくつもあることがわかりました。
例えば、上部構造が揺れていればネジを締めてあげるだけのことなのですが、簡単にいかない問題が山ほどあります。
そのうちの代表は、日本に存在するインプラントメーカーの種類の多さです。数十を超えて数百とも言われているインプラントメーカー、それぞれが独自のインプラントドライバーを用意しています。その他にも、上部構造が揺れているのかインプラント体自体が揺れているのかの判断。上部構造は仮着なのか合着なのか。これらひとつひとつの問題をクリアにしていく必要があるので、ひとりひとりの力を出し合い、明日の臨床に役立つものができればいいと思っています。
問題をかかえているインプラントの一例
訪問診療時のインプラントトラブルの対応に関してはこれまでに論文のような報告は少なく、手探りでやっている状況です。科学的根拠は非常に重要ですが、この分野においてはこれまでの科学的根拠を総動員して応用していく、そしてケースレポートのように貯めていくことが重要だと思っています。前例がない分難しく考えずに、様々なケースレポートやエキスパートオピニオンが少しでも多く出てきたらいいなと思っています。
インプラントが好きで、インプラント愛を持った人と、訪問診療で困った患者さんに対して力を発揮する、適切な治療を施すことができる、そういうことができるようになればいいなと思います。
外来、訪問問わず、通常であればインプラントの撤去が適切な処置だと判断される場合でも、60歳の健康な患者さんであれば撤去をするけれど、85歳の有病者の患者さんにとって撤去がベストであるとは限りません。技術的に撤去が可能かどうかではなく、患者さんの状況によって変わりますよね。開口量や全身状態、それが在宅であるならなおさらで、通常の外来診療とは違うファクターがいくつもあるんです。
なので、どこまでを在宅で、どこからは外来で対応するのかと言う判断がまた難しくなります。マニュアル作りでは上記のようなインプラントの知識や技術に加え、在宅であること、高齢者であること等を加味して、より良いマニュアルができればいいと思っています。
摂食嚥下関連医療資源マップの『訪問インプラント一覧』画面
今後への希望、期待を込めて
ちょうど先日、患者さんにこう言われました。「インプラント治療を受けたら、今はいいけれど寝たきりになった時に困るんじゃない?」って。
僕は今まで、インプラント治療を行うことによって食べられるものが増え、歯の寿命も延び、結果として長生きできると信じていました。そのため、寝たきりになった時のことを考えるのではなく、寝たきりになるまでの時間を長くすること、つまり健康寿命を延ばすことが重要であると伝えてきました。ただこれは、「寝たきりに対してはどうするのか」という問いに対しての答えとして直接的ではないのでスッキリしませんでした。
しかし訪問インプラント治療に携わるようになってから気持ちが非常にスッキリするようになったんです。最近では「好きなものを食べるために、より健康に生きるために、インプラント治療は必要です。」「もしも要介護状態になった場合は、訪問診療があります。ご自宅に伺ってメインテナンスをすることも、トラブルがあった時の対応もできます。」「訪問診療が必要になって、インプラントに対応していない場合は訪問対応インプラントマップを使用してください」「転居等の理由で通院できなくなる場合には、どのインプラントメーカーを使用し、どのように被せ物を装着しているかをお伝えします。」と言えるようになりました。
インプラントカードへの期待
先ほども申し上げた通り、訪問対応のインプラントでは、治療を困難にする要素がいくつもあります。
一つはインプラントの状態がわからないことです。インプラントの部位、メーカー、直径、長さ、上部構造が仮着なのか合着なのかスクリューなのか、ひとつでもわかれば治療のハードルが下がります。
現在は、私たちが埋入元に問い合わせるか、埋入元がわからない場合はレントゲンから推測してメーカーに問い合わせているという対応をしています。しかしこれは限界がありますし、時間も労力もかかります。自分の口腔内のインプラントの情報を、患者さん自身が持っていれば迷うことなく対応できるんです。それを可能にするのがインプラントカードです。
ダウンロードしたインプラントカード
インプラントカードは日本口腔インプラント学会のホームページからダウンロードできます。インプラント治療を受けられた方みなさんが持っているのが当たり前になれば、訪問診療にも活きると思うのです。
藤井先生の今後の目標を教えてください
これまでの経験を活かして、患者さんの役に立てればいいなと思っています。なので、まずは訪問インプラント対応マップを、医療従事者や患者さんの多くに使ってもらいたいですし、もっと利用しやすいシステムにしていきたいです。
また、できる限りは自分で訪問してインプラントのトラブルに対応したいと思っていますがどうしても限界があると思っています。なので誰でもインプラントトラブルに対応できるようなマニュアルを作成して、日本のどんなところでもインプラントトラブルで患者さんが困らないようにしたい。患者さんに「インプラント治療を受けてよかった!」とずっと思っていただく。それが僕の目標です。