2018年11月17日より2日間、東京の中野サンプラザにて日本障害者歯科学会の第35回学術大会が開催された。主管は東京都中野区歯科医師会。
日本障害者歯科学会で地区の歯科医師会が学術大会を主催することは今回が初めて。事前登録は1,837名に登り、当日参加は2,700人以上が参加した大きな大会となった。
今大会は中野区医師会をはじめとし、内閣府や厚生労働省、さらには中野区の周辺商店街までもが協力する学術大会となった。
中野サンモール商店街に掲げられた垂幕。中野区共催の本学術大会は、地域ぐるみで行われている
日本障害者歯科学会の現在の会員数は約5,000名で、昭和48年に心身障害児者歯科医療研究会として発足した学会。日本歯科医学会専門分科会のひとつで、認定医制度、認定歯科衛生士制度、専門医制度を設けており、学問(大学、研究者)と臨床(歯科医師会活動、開業医)が両輪となることによって成り立っている。
世界でも類稀な、歯科医師会を中心として地域医療活動に努めている学会であり、学術大会を歯科医師会が主催するのも納得する。
第35回となる今大会は、医療連携をテーマにした市民公開シンポジウムを始め、発達障害やダウン症候群、唇顎口蓋裂や周術期、終末期のチーム医療や多職種連携など、30を超える演題が用意された。ポスター発表の演題は260題が集まり、無料の託児所も用意されるなど、医科や看護師を始めとした多職種参加大会の規模の大きさを感じる。
大会のテーマは地区主催にふさわしい『住み慣れた街から広げよう支援の輪―多職種連携における障害者歯科の役割―』。
住み慣れた地域で暮らす障害者や家族の生活の価値観を尊重し、寄り添って支える医療実現のための重要な議論が交わされた。
大会長を務める山内幸司先生(東京都中野区歯科医師会会長.写真)は事前に次のように挨拶した。
住み慣れた地域で暮らす障害者や家族の生活の価値観を尊重する地域包括ケアを実現していくために、その方たちの生活に寄り添い、支え合う医療が求められています。そのためには歯科医師のみならず医療専門職の知識や技術を活かし、介護・福祉職との相互理解が重要とされています。小児から高齢者までのあらゆる世代の障害者に対し、地域の障害者診療に携わるさまざまな職種の方々にお集まりいただき、活発な議論がまじわされる大会になりますよう多数の皆様の参加を心よりお待ち申し上げております。(大会HPより抜粋)
レポート① 障害者歯科学会ならではの講演・シンポジウム
◆特別講演「成人の発達障害と障害者歯科」加藤進晶先生(昭和大学発達障害医療研究所所長)
[レポート]加藤先生は昭和大学附属烏山病院にて、この10年で6,000名以上もの患者を担当してきた経験をもとに、障害者歯科と精神科の関わりについてを解説。障害者は身体・知的・精神の3分野に分かれており、特に精神障害では外から見えにくいこともあるため社会の理解が遅れがちであるという。加藤先生は幼少期の自閉症やダウン症候群の特徴、患者の高齢化の問題について解説された後、成人の発達障害については概念の認識不足と知識の不足が診断をめぐっての混乱を招いていると話した。特にそのような方たちは『ナチュラルな自己中』であり、決して悪意はないため、我々のコミュニケーションの慣れで解決できることを強調された。
◆教育講演1「摂食嚥下リハビリテーションと発達期嚥下調整食分類2018の適用」向井美惠先生(昭和大学名誉教授)
◆教育講座
「唇顎口蓋裂に対するチーム医療-神奈川県立こども医療センターの取り組み-」佐々木康成先生(神奈川県立こども医療センター歯科)
「周術期、入院患者の口腔機能管理」中川量晴先生(東京医科歯科大学医歯学総合研究科 高齢者歯科学分野)
「終末期における口腔ケア」阪口英夫先生(陵北病院 副院長)
「歯科衛生士による歯科衛生のための全身管理を考慮した診療補助」野杁明美先生(日本歯科大学附属病院歯科衛生士室)
◆宿題委託研究報告
「歯科治療を嫌がる障害者の行動調整法選択に対する意思決定支援」小笠原正先生(松本歯科大学地域連携歯科学講座)
レポート② ダウン症候群をテーマとしたシンポジウム
2日目の18日(日)はダウン症候群について、基礎から臨床までを徹底的に討論するシンポジウムが多く設けられた。
◆教育講演「ダウン症歯周病のバイオロジー」天野敦雄先生(大阪大学大学院歯学研究科口腔分子免疫制御学講座予防歯科学分野)
[レポート]学会2日目が始まり、歯周病の基礎について解説したのは名著『歯科衛生士のための21世紀のペリオドントロジー ダイジェスト』の著者で大阪大学教授の天野敦雄先生。過去のドグマと最新の細菌学による知見を対比させながら、軽快な語りで会場の笑いを誘った。天野先生によると、P.g菌には遺伝型があり、病原性に違いがあるのだという。歯周病リスクを事前に把握することで、予防歯科から「予測歯科」への発展を提言した。
テーマであるダウン症患者の歯周病もコンセプトは基本的に同じだが、線維芽細胞の治癒能力が弱く、最近の定着も2歳から始まるそうだ。国内外の細菌学をベースに、終始分かりやすい解説が加えられたのが印象的であった。
◆教育講演
「ダウン症候群研究の新たな展開 Developing research paradigm for Down syndrome」黒澤健司先生(神奈川県立こども医療センター部長)
「障害者(ダウン症候群)の歯周治療について」長田豊先生(長崎県口腔保健センター)
「Down症患者の歯周治療における理論と実際」関野仁先生(東京都立心身障害者口腔保健センター)
「Down症児・者の歯周病管理における歯科衛生士の役割と実際」石井里加子先生(九州看護福祉大学看護福祉学部口腔保健学分野)
◆教育講座「終末期における口腔ケア」阪口英夫先生(陵北病院副病院長)
◆シンポジウム「ダウン症候群の歯周疾患予防・治療」
レポート③ 招待講演と市民公開シンポジウム
招待講演では、難産の後遺症で四肢と言語に障害を持つ妹尾信孝さんから障害者の目線での講演も行われた。
◆招待講演「みんな 一緒に生きている~出あい、触れあい、分かちあい~」妹尾信孝さん(日本福祉教育研究所理事長)
[レポート]難産の後遺症で四肢と言語に障害を持つ妹尾さんが登壇すると、会場は一気にステージに引き込まれた。言葉は聞き取りにくいように感じたが、全身を使って自身の幼少期に辛いいじめにあった体験、母の厳しい教育を表す妹尾さんからは強い生命力を感じ、次第に言葉を理解できるようになっていく不思議な感覚を持った。その後の社会人生活は2年前に他界された奥様と二人三脚、やがて3人のお子さんに恵まれるも障害を抱える者が社会で生きていくことは我々が考えているほど容易ではないほどのご苦労だったという。ただどんな状況であっても愛を持ち、感謝を持ち続ける妹尾さんの言葉ひとつひとつがこころに染み渡り、会場ではハンカチを握りしめて聞き入る参加者が印象的だった。
◆市民公開シンポジウム“住み慣れた町を支える医療連携~摂食嚥下支援を通じて~”
学術大会としては初めての試みとなる市民公開シンポジウムも開催された。
「中野区摂食嚥下機能支援事業」原沢周且先生(東京都中野区歯科医師会副会長)
「中野区における医科歯科連携」渡邉仁先生(東京都中野区医師会副会長)
「摂食嚥下支援の現状と課題~訪問看護師の立場から~」遠藤貴栄先生(中野区医師会訪問看護ステーション管理者)
「多職種連携による摂食・嚥下機能支援体制の構築-中野区の事例から-」滝瀬裕之先生(中野区地域支えあい推進室副参事)、石濱照子先生(中野区南部すこやか福祉センター所長)
◆イブニングセミナー(事前登録制)2人のレジェンドによる少人数セミナーが開催された。
「障害者の摂食について語ろう」向井美惠先生
「障害者歯科医療について語ろう」池田正一先生
◆「歯科衛生士ミート・ザ・メンター」
その他にも、名刺交換をしながら全国の歯科衛生士と親睦を深める企画が用意された。対象は歯科衛生士だけではなく、歯科衛生士を目指す学生など性別不問で、今更聞きにくいと思うような内容を話し合う場となるのも見所のひとつとなっていった。
会場ではそれぞれの職場種類ごとの分かれて歯科衛生士のグループが作られた
レポート④ 子供たちが描いたポスター
大会の顔となるポスターに描かれている絵は、中野区歯科医師会が区より運営委託を受けているスマイル歯科診療所に通院している子供たちが描いたもの。スマイル歯科診療所は中野区の障害者施設係が担当し、障害のある方や要介護高齢者を対象とした歯科診療や歯科相談を行っている。学会中にはスマイル歯科の一般公開も行われた。
スマイル歯科診療所。障害者歯科診療を行っており、中野区歯科医師会担当の先生が参加者を案内した
表彰式・閉会式
タカラベルモント社協賛・プロフィラックス賞受賞
「長期間歯科が介入できず歯周病が進行したDown症患者に対する12年間の歯周病管理」
小暮弘子先生(東京都立心身障害者口腔保健センター)
優秀発表賞(写真左より)横山善弘先生、加藤篤先生、弘中祥司理事長、楊秀慶先生、尾田友紀先生、谷口裕重先生
次回大会
閉会式。第36回学術大会の案内が次回大会長の玄景華先生より行われた
日本障害者歯科学会の次回大会は、2019年11月22日(金)より岐阜県岐阜市の長良川国際会議場にて行われる。
大会長は玄景華先生(朝日大学歯学部口腔病態医療学講座障害者歯科学分野 教授)。