根管治療におけるエックス線写真は、一般的に術前・術中・術後に撮影される。
根管が複数存在する歯のエックス線写真では、2本の根管が頬舌方向に重なることがあるため、正確な根管の確認を行うために、正放線投影に加え偏心投影が必須となる場合がある。
たとえば、下顎第一大臼歯の近心根や上顎第一小臼歯では2根管存在することが多いが、根尖孔は1つ、または2つである場合などもあり一様ではない。
また、下顎第一大臼歯の遠心根では、扁平な根管を持つ単根である場合と、2根管性の単根である場合、また2根存在する場合もあり、これもまた一様ではない。
近年では、きわめて正確な画像情報の取得が可能なCBCT(歯科用コーンビーム CT)も普及してきたが、患者の受ける放射線被曝量を考慮すると、「安易なCBCT撮像は避けるべき」とする意見も少なくない。したがって、根管の見落とし防止や、正確な根管充填の判定を行うために、偏心投影は簡便ながら重要な撮影手法であると言える。
とはいえ、日常的に偏心投影を行っている歯科医師は少なく、いざ撮影をしようと思いたったとしても、どのように撮影すれば価値ある1枚を得ることができるのか、迷ってしまうことも多いのではないだろうか。
そこで今回は、偏心投影の手法およびその有用性について、臨床例を交えて解説したい。
偏心投影の撮影のしかた
まずは偏近心投影の撮影風景を撮影した、下の動画をご覧いただきたい。
現在では、どの歯科医院でも規格性の高いデンタルエックス線写真を撮影するべく、撮影用インジケーターを用いていることだろう。
撮影に際しては、エックス線フィルムを遠心に3〜5mmほどずらし、通法に従いインジケーターを中心で噛ませた後、コーンを30〜45°程度ずらして撮影する。
根管間の間隔が狭いことが想定される場合は、強めに角度をつけて撮影することで、各根管を明瞭に撮影することができる。
コツとして、コーンのセット時に口腔内にセットしたフィルムの位置を頭に留めつつ、コーンの方向をそこに向けるとよいだろう。
通常の1枚(正放線)とこの方法で撮影した偏心投影のデンタルエックス線写真を比較することで、歯根や根管の状態を三次元的に把握することができるだろう。
偏心投影を撮影する必要性
ここでは、根管治療を行う上で偏心投影の必要性を痛感した症例を紹介したい。
図1aは、上顎左側4番である。このデンタルエックス線写真を見るかぎり、だれしも2根と診断するのではないだろうか。
図1a 術前のデンタルエックス線写真(正放線)
籔本らの報告1)にもあるように上顎4番の多くは Vertucci 分類のⅠ〜Ⅳであり(表1)、筆者らも捻転が疑われるが2根あると診断して治療を行い、術後の確認として正放線によるデンタルエックス線写真を撮影したところ、2根管を充填したものの片方の根に充填がされていなかった(図1b)。
表1 薮本らによる上顎小臼歯の根管形態評価
図1b 初回治療時のデンタルエックス線写真(正放線)
そこで、あらためてこの遠心頬側根の根管形成および根管充填を行った(図1c)。
つまり、本症例は発生率の極めてまれな Vertucci 分類 Type Ⅷであったのである。
図1c 再根管治療後のデンタルエックス線写真(偏心投影)
根管充填後のデンタルエックス線写真において、典型的な根管の位置と異なる部位に根管充填が認められる場合は、複雑な根管形態を疑い追加で偏心投影を行うことが、歯科用顕微鏡やCBCTを持たない歯科医院においては重要な診断法の1つであると言えるだろう。
偏心投影すれば、CBCTは必要ないのか?
2015年に発表されたAAE(米国歯内療法学会)およびAAOMR(米国歯科放射線学会)のジョイントポジションステートメントでは、歯種に関わらず、『術前に』複雑な根管形態が疑われる場合では、被曝量を考慮し撮影範囲を絞った上でのCBCTの撮像が推奨されている。
その上で、診査の最初には従来のデンタルエックス線写真撮影が不可欠であり、それをもってさらなる画像診断の必要性を検討すべきである、としている。
図2a、bは、根管充填後の正放線と偏遠心投影を行ったデンタルエックス線写真である。根管充填は良好であり、問題なく経過していた。
図2a 下顎第二大臼歯に行った根管治療後のデンタルエックス線写真(正放射線)
図2b 同、偏遠心投影にて撮影したデンタルエックス線写真
しかし5年後、頬側粘膜に Sinus tract の出現を認めた。その際のエックス線写真における透過像は不明瞭であったためCBCTでの精査を行ったところ、遠心根の根尖に透過像を認めた(図2c)。根管が頬舌方向に扁平であることが判明し、臨床においてもそれに対応する遠心根のフィンに感染を認めた。
図2c Sinus tract 出現後に撮影したCBCTでは、遠心根の根尖に透過像を認めた
再根管治療により Sinus tract は消退し、現在経過は良好である。
この症例からわかるように、デンタルエックス線写真だけでは得られる情報に限界があることも事実であり、CBCT撮像は根管治療においても有益である。
おわりに
デンタルエックス線写真から得られる画像情報には限界がある。
難しい解剖学的構造が疑われる症例については、穿孔などの偶発事故や根管の見落とし、過剰な歯質切削を防ぐため、CBCTの撮像が推奨される。
しかし偏心投影法は、正放線投影だけではわからない情報を得ることができる比較的簡便な手法であり、またどの歯科医院にも設置されているデンタルエックス線撮影装置で撮影できることから、その手法をマスターしておくことは、日常臨床における根管治療のクオリティを向上させるもっとも確実な方法の1つであろう。
下図は、正放線投影、偏遠心投影、偏近心投影によって撮影できる根の違いを示したものである。読者諸氏の参考になれば幸いである。
図 正放線投影、偏近心投影、偏遠心投影の概略図
(西田哲也監修.歯科臨床ファーストレシピ2.保存治療偏.東京:学建書院,2016. より許可を得て引用改変)
CBCTありきではなく、まずは偏心投影を1枚撮影する習慣を日常臨床に加えてみてはいかがだろうか。
参考文献
1)藪本園子,渡辺聡,高野晃, 本郷智之, 八尾香奈子,佐竹和久,興地隆史. コーンビームCTを用いた上顎小臼歯の新分類に基づく根管形態評価 : 第40回日本歯内療法学会学術大会 ポスター発表. 2019. 6.
共同執筆
木村文彦、佐竹和久