昨年、一般社団法人日本私立歯科大学協会は、一般報道メディアを対象に「第11回 歯科プレスセミナー」を開催した。
本稿では、日本の私立歯科大学が一般メディア向けに歯科の情報を発信している取り組み、そして小林隆太郎先生(日本歯科大学附属病院口腔外科教授)によるご講演「ウイルスに対抗する歯科の重要性」をレポートする。
患者向けPR用動画(私立歯科大学協会作成)
未曾有の感染症とのはじまり
2019年12月上旬、中国武漢で原因不明のウイルス性肺炎が確認されたことをきっかけに、世界各国を巻き込むことになった新型コロナウイルス感染症。
未曾有の感染症について、米国金融出版社 GO Banking Rates は、あらゆる職種の中でも「歯科衛生士」「歯科医師」において高い感染リスク※1があると掲げ、これらの情報は日本国内においても大きく取り上げられた。
※1 このリスクスコアの計算方法は、労働統計局のデータに基づき、次の3つの項目について調査された。① どれだけの人数と近接して行う仕事か、② 他人にどれだけ接近して行う仕事か、③ 仕事中に危険にさらされる頻度
しかし、2020年12月の歯科界において、歯科診療を原因とする感染は一例も報告されなかった。
画像はセミナー資料より
小林先生は、発表されたスコアはあくまでも人と接近していることに対する指標、注意喚起にすぎなかったと分析し、なぜ1人も感染しなかったのか、その理由を探し始めたという。
新型コロナウイルスとは
ウイルスは0.02〜0.3μmととても小さく、自らの遺伝情報を自身で増やすことができないため、人間や動物などの生きた細胞に寄生して初めて増殖が可能である1)。その中でも新型コロナウイルスはエンベロープ(外殻膜)を持つため、消毒薬で膜を壊せば不活性化する特徴を持つことが分かっている。
加えて今回のSARS-CoV-2(疾患名 COVID-19)の潜伏期間は1〜12.5日、環境因子による生存期間は、印刷物や紙で3時間、プラスチックやステンレスで72時間、皮膚表面では9時間であるとし、周知されている通り、手指消毒が非常に重要であるという。
画像はセミナー資料より
歯科診療を原因とする感染報告はない
上述のとおり、歯科医師・歯科衛生士の感染リスク、加えて歯科医院内の感染リスクが高いと言われてきたにも関わらず、日本国内において歯科診療を原因とする感染の報告が一例も出されていない※2。
※2:2020.12時点
その理由は、歯科において、感染の3因子である、①病原体の除去、②感染経路の遮断、③宿主の抵抗力増強 の3つに対して、従来から徹底した感染予防対策をしてきたこと、これこそが歯科診療で新型コロナウイルス感染症が起きていない理由であると、小林先生は話す。
①病原体(感染源)の除去:消毒の徹底
歯科医院では、一般家庭で行われるような、菌やウイルスの数を減らす「除菌」ではなく、次亜塩素酸ナトリウムや消毒用アルコールを用いて菌やウイルスを無毒化する「消毒」が徹底されている環境であった。
また、口腔内に使用する器具に対してはオートクレーブ(高圧蒸気滅菌器)などを用いた「滅菌」も徹底されていた。
②感染経路の遮断:標準予防策(スタンダードプリコーション)の徹底
標準予防策(スタンダードプリコーション:すべての患者のすべての湿性生体物質(血液、唾液、体液、分泌物、嘔吐物、排泄物、創傷皮膚、粘膜など)は、感染性があるものとして取り扱わなければならないという考え)を徹底し、普段の診療から常に感染のリスクがあるとして対応してきた。
具体的には、手袋、ゴーグル、フェイスシールドなど、個人防護具の常用がある環境であった。また、教育機関でもある大学病院では、アイソレーションガウン等の着用を行うなど、院内感染対策およびその教育の徹底が行われてきたことも一因として挙げられた。
③宿主の抵抗力増強:健康管理
歯科では早期に対策を講じ、診療前の体調や味覚、嗅覚の異常についての問診や、体温チェックを開始していた。また、体調が優れない患者さんはそもそも来院されないという場所でもあった。
歯科医療従事者向け・これからの付き合い方
小林先生は最後に、歯科においてはこれからも以下に留意して診療にあたる必要があると紹介した。
<診療室のエアロゾル対策>
口腔内外のバキュームを使用することで、患者の口から放出される飛沫とエアロゾルの分散を防ぐ。また、エアタービン、ハンドピース、超音波スケーラーなどの使用時に放出される水量に意識を向けて、適正な水量により飛沫を最小限に抑える工夫も望まれる。
<グローブ、マスク、ゴーグルまたはフェイスシールドの着用>
治療前後の手洗いや患者ごとのグローブ交換はもちろん、カルテ記載やPC操作、電話機などに触れる際に注意する。
<ユニット、周囲、その他の接触部位の消毒>
新型コロナウイルスはエンベロープを持つことからアルコールでの不活化するため、次亜塩素酸ナトリウム水溶液を用い、高頻度摂政部位を清拭することが感染予防に有効である。トイレではドアノブ、便座、流しハンドルなどを忘れずに行い、環境消毒を行うスタッフは、マスクなどの着用を徹底する。
<患者さんの健康管理>
診療前に、体調、嗅覚・味覚の異常の有無についての問診と体温チェックを行う。平熱より1℃以上の体温上昇を発熱と捉える目安とする。
歯科は安心して受診できる診療科である
これらのように、歯科では徹底した感染対策を講じている。
同協会が昨年9月に行ったアンケートによると、歯科医院で新型コロナウイルス感染が起こっていないことについては、73.8%が「知らなかった」と回答した。また、新型コロナウイルス感染症が広がっている時期(2020年2月〜8月)の歯科受診に関する調査では、61.7%が「歯科受診や健診を控えたい、できれば控えたい」と回答。感染拡大を懸念して、歯科受診や健診に消極的な意見が見られた(記事:11月8日はいい歯の日! 男女1,000人に聞いた「歯科診療」および「歯科医師」に関する意識調査)。
歯科は安心して来院いただける体制が整っていることを1人でも多くの国民に知っていただき、より良い環境で口腔から健康を守っていくことも、歯科医療従事者のこれからの勤めなのかもしれない。
これらを、一般にPRしているのが私立歯科大学協会
日本の歯科医学教育は、明治以来、私立学校から始まったもので、現在も歯科医師の約75%が私立大学の出身者であるなど、加盟校は歯科界に大きな役割を果たしてきた。
日本私立歯科大学協会は、歯科界に対する時代の要請に応えられる有用な歯科医師を養成していくため、日本全国にある17の私立歯科大学が集結し、歯科医学教育、研究および歯科医療について積極的に情報提供を進めている。
参考資料
1)歯界展望2020年7月号(無償公開)「新型コロナウイルスのBiology」