知識に基づいた行動と基づかない行動を比較すると、一見同じ行動でもその結果には微細な違いが生じ、その蓄積が大きな違いになるという。これは、歯科臨床においても言えることではなかろうか。
歯科臨床において、経験から得た知識は素晴らしい価値を持つ。しかしながら、経験知のみから理解することが難しい疑問に直面することがある。
プラークがほとんどないのに歯周病が進行する患者や、その逆の患者がいたりするのはなぜか?
インプラント埋入後に骨吸収が起こるのはなぜか?
同じメカニカルストレスでも、咬合性外傷のように骨が減る場合と、骨隆起のように骨が増える場合があるのはなぜか?
このような疑問に対して分かりやすく答えてくれるのが「歯学生・歯科医療従事者のための骨免疫学」である。
著者の塚崎雅之先生は、昭和大学歯学部在学時より口腔生化学講座にて骨代謝研究に従事する。同大学で臨床研修を終えた後、東京大学大学院医学系研究科に進学し、骨免疫学研究を通じて医学博士を取得する。2018年に昭和大学歯学部の兼任講師、2020年には東京大学医学大学院の特任助教に就任をしている歯科医療界を代表する若手研究者の一人である。
目次
タイトルにある「骨免疫学」とは、骨代謝と免疫の関係性を扱う学問であり、歯科臨床を科学的に考察する上で非常に有用な概念である。その歴史も面白い。20世紀の歯学研究がベースとなり、医科領域において骨免疫学が誕生し、関節リウマチの研究を中心に大きく発展した後、歯科領域へと逆輸入された。そして、今では歯科と医科をサイエンスの立場からつなぐ架け橋の役割も果たしている。
一見難解に感じてしまう学問名ではあるが、本書では一貫して平易でわかりやすい言葉で解説されている。例えば、歯周炎骨破壊メカニズムについての説明におけるP.gingivalisについての説明は秀逸である。
深いポケットからP.g.菌がよく見つかるということだが, これは「あのおじさん,火事現場でよく見かける」というのと一緒で, おじさんが本当に放火魔なのか, ただ火事を見物するのが大好きな野次馬の一人なのか, 因果関係はわからない. そこで他に野次馬が全くいない環境におじさんだけを連れて行ってみたところ, 火事は起こらなかった. ところが他に野次馬がいる環境におじさんを連れていくと・・・
野次馬がいる環境におじさんを連れていくとどうなるのか…おじさんの正体とは…興味をそそられて読み進めていくと、しっかりとした基礎研究の知識につながる。無論、骨免疫学に関わるさまざまな専門用語も出てくるが、それらも含めて自然に頭に入ってくる。
出典:歯学生・歯科医療従事者のための骨免疫学
また、近年注目が高まってきている医科歯科連携領域についても、口腔細菌が他臓器疾患に影響を及ぼすメカニズムが解説されており、ちょっと気になるトピックについても理解を深めることができる。あるいは、インプラント治療についての解説では、日常臨床が基礎研究と繋がっていくなど、「歯科臨床 × 科学」を楽しむ知識の玉手箱のようである。
誤嚥性肺炎や感染性新内膜症のように口腔細菌との「因果関係」がわかりやすい疾患はむしろ少数であり, ほとんどの疾患は歯周病との「相関関係」は認めるものの「因果関係」は不明であることに注意を払う必要がある. ・・・(中略)・・・ 多様な患者集団を細分化していき, どのような場合において, 歯周病が他臓器疾患に関与するのかを科学的に解析していくことが, ペリオドンタルメディスン研究の今後の重要な課題である.
と言うように、科学者としての視点も記載されている。
本書は、歯科臨床で遭遇するさまざまな現象のメカニズムについて、「骨免疫学」を切り口に無理なく理解を深められる一冊でありながら、基礎医学やその背景にある哲学、医学の歴史、生命の進化を超え、歯科医学研究の面白さやロマンまでを感じさせてくれる良書である。
読書の秋に、おすすめの一冊である。