この記事のポイント ・日本歯科麻酔学会専門医の筆者が、全身疾患を有するモニター管理の実際と患者への安心・安全な歯科治療の提供について解説。 ・今回は静脈内鎮静法と深鎮静、それぞれの特徴を考慮して実施した症例について紹介。 ・開業医で麻酔と全身管理を行う際に重要なことは、患者やその家族に対して十分な説明を行い、同意を得ることである。 |
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はじめに
令和2年の診療報酬改定により、静脈内鎮静法や静脈麻酔の保険点数が大幅に増点されたことが大きな話題となった。
このことから、総合病院などの大きな医療施設だけでなく、一般歯科診療所においても、患者の全身管理や麻酔管理の重要性が高くなっていることが考えられる。
この連載では、日本歯科麻酔学会専門医の筆者が、実際に勤務する一般歯科診療所で行っている全身管理および麻酔管理について解説していきたい。
前回はモニター管理の実際と、患者への安心かつ安全な歯科治療の提供について説明した。今回は当院における静脈内鎮静法と深鎮静の実際について解説していく。
静脈内鎮静法と深鎮静の違いは?
通常の歯科治療が困難な患者に対しては、静脈内鎮静法や深鎮静を併用して治療を行うことがある。
静脈内鎮静法は、歯科治療に対する不安感や恐怖心により、精神的に緊張した状態の患者に薬物を用いる方法。「落ち着いて快適に歯科治療を受けることができるようなること」が主な目的であるため、有意識下で行うのが一般的である。
一方深鎮静は、精神的な安定が目的ではなく、体動を抑制することが目的である。このときは、静脈内鎮静法と比較して意識レベルが静脈内鎮静法と比較して低下し、呼吸や血圧、脈拍も抑制させることが多い。
当院では、静脈内鎮静法および深鎮静に関して、それぞれの特徴を考慮した上で患者に実施している。
筆者が勤務する歯科医院での静脈内鎮静での診察の様子
ここからは、実際の症例を提示して解説する。
なお、患者やその家族に対しては、症例報告や学会発表等で使用することについて事前に同意を得ている。
症例① 歯科恐怖症を有する患者の歯科治療に静脈内鎮静法を用いた症例
静脈内鎮静開始前の様子
この患者は、初診時に問診と検査を行い、歯科恐怖症を有していたことがわかったため、静脈内鎮静法下にて歯科治療を行うこととした。
治療当日は、体調と絶飲食の確認を行う。その後、生体モニターを装着しバイタルの測定を行う。バイタルの確認を行った後は、静脈路の確保を行い、デンタルチェアーを倒した。
鎮静薬のミダゾラムを投与した後は、鎮静効果が発現するまで待機。
ここで重要となるのは、鎮静効果の発現が不十分のまま歯科治療を開始すると、患者の不安感が抑えられず、さらなる薬剤の追加投与が必要となる場合があることだ。そのため、鎮静効果が十分に発現まで待つことが重要である。
なお、当院による鎮静の目安は、投与後のバイタルサインの安定やベリルの徴候(上眼瞼が半分下垂した状態)などの教科書的な目安を使用している。
静脈内鎮静中の様子
その後、鎮静効果が認められたため、開口器と排唾管を装着し、歯科治療を開始した。
治療中は、局所麻酔投与時に少し顔を歪めたものの、その後の歯の切削や根管治療では表情に変化はなく、バイタルも落ち着いていた。
加えて、こちらの質問や問いかけに対してある程度の返答があったことから、問題なく歯科治療を行うことができた。
静脈内鎮静後の様子
歯科治療終了に伴い、フルマゼニルで拮抗させた後は、休憩をしてもらい「ふらつき」や「嘔吐等のその他合併症」がないことを確認してから帰宅してもらった。
治療後に感想を伺うと、「恐怖感がなくできました。治療中のことはほとんど覚えてません」との回答があった。
この症例のポイント
ミダゾラムによる静脈内鎮静法では、意識はあるものの「鎮静効果」だけではなく「健忘作用」もある。そのため、ほとんどの患者が治療中のことを「忘れてしまう」または「覚えていない」のだが、どうしてもこの作用が発現するために必要な投与量には個人差がある。中には、「(治療中のことを)覚えていた」という患者もいる。
しかし、静脈内鎮静法のいちばんの目的は、不安感を抑制し、リラックスして治療を受けてもらうことである。
患者には問診の段階で、事前に「覚えている可能性がある」ことは伝えておいた方が良いだろう。
そのため術者は、患者の異常なバイタルの変動がなく、リラックスしている状態が得られれば「よし」とすることが重要である。
患者が覚えている可能性があるからといって、薬剤を必要以上に追加していくと、抗不安薬の過剰投与を招き、呼吸状態や血圧、心拍数に危険な影響を与えてしまうことなり、麻酔管理が非常に困難になる。
したがって、薬剤を追加投与する場合は、慎重に患者の反応を見て行うべきである。
症例② 非協力的な発達障害を有する患者に深鎮静を行った症例
深鎮静開始前の様子
この患者は、全身既往歴として自閉症スペクトラム障害や発達障害を有していた。
初診時は、患者にとって急激な環境の変化に対する恐怖心や不安感が強く、体動が激しかった。また、歯科医師が口腔内診査を行う際にデンタルミラーを挿入しようとすると、手を払いのけるような行動を認めた。
そのため、極力患者の不安を煽らないよう、チェアーを倒さず、自然な姿勢である座位の状態で、診査と検査を行った。このことから、次回からは深鎮静下に歯科治療を行うことした。
治療当日は、生体モニターの装着や静脈路確保を嫌がることが予想できた。そのため、来院直後に前投薬であるミダゾラムを行った。
前投薬により、患者の状態が少し落ち着いたところで、車いすに移乗させて入室し、デンタルチェアーに2人がかりで座らせた。
その後すぐに静脈路を確保し、ミダゾラムとプロポフォールにて深鎮静を開始。効果が発現したのちに生体モニターを装着した。麻酔管理は、麻酔管理に専従する歯科医師が行い、治療は一般歯科に従事する歯科医師が行った。
深鎮静中の様子
治療中は、口腔内に水の貯留がないように、排唾管を留置しバキュームで常に吸引を行った。時折、治療途中に奇異呼吸が見られたので、その度に治療を中断し、薬剤の投与量の調整を実施。加えて、下顎挙上にて対応した。
疼痛刺激時には体動を示すことがあったものの、治療に支障をきたすほどではなかったため、そのまま治療を継続した。
深鎮静後の様子
治療が終了すると、十分な長時間の休憩時間を確保した。
その後、副作用や合併症を認めないことを確認できたため帰宅とした。
この症例のポイント
深鎮静を行うときは、体動抑制を目的として行うことが多い。適応としては、以下のような患者が該当する。
・非協力的な発達障害の患者
・強い異常絞扼反射を呈する患者
・静脈内鎮静法では異常絞扼反射を抑えきれない患者
深鎮静は、鎮静レベルを全身麻酔レベルに近い状態まで麻酔深度を深くするため、呼吸や循環、特に心拍数、血圧、サチュレーション(SpO2)等に強い影響を及ぼす。
そのため、必ず麻酔管理に専従する歯科医師が必要であると考える。また、口腔内貯水能がほぼ消失するため、「ムセ」を生じさせないように絶えず口腔内吸引が必要となる。
プロポフォールは「効果発現が速やか」かつ「効果消失が早い」ため、非常に使いやすい薬剤である。その一方で、分類的には鎮静薬ではなく、静脈麻酔薬となるため、投与量を間違えてしまうと麻酔深度が深くなり、呼吸の消失や過剰な血圧低下を生じさせる恐れがある。
また、薬剤の効果は個人差が大きく、同じ投与量でも反応がさまざまである。そのため、適切な知識と経験が必要であり、慎重な投与が重要だと考える。以上が当院における静脈内鎮静法と深鎮静の実際である。
おわりに
当院では、初診時には静脈内鎮静法は行わない。初診時は、必ず問診と検査、鎮静に対する説明のみで終わるようにしている。
その理由として静脈内鎮静法は、薬剤やモニターの発展により安全に施行できるようになったものの、合併症や副作用は少なからずあることが知られている。加えて、絶飲食などの注意点もある。
以上のことから、患者やその家族に対しては、前述の説明を行い、十分な理解および同意が得られない場合は、静脈内鎮静法を行ってはいけないと考えている。
さらに、全身状態の問診や検査等を行わずに静脈内鎮静法を行うと、合併症や副作用のリスクはより一層高くなることは、覚えておいていただきたい。
開業医のための「麻酔と全身管理」の連載が、少しでも歯科医師の先生方の参考になれば幸いである。
前回までの記事はこちら
第2回 〜管理の実際と患者への安心かつ安全な歯科治療の提供〜
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執筆者
福岡歯科大学卒業後、大阪歯科大学大学院で歯科麻酔を専攻、博士課程を修了し、大阪歯科大学歯科麻酔学講座助教に就任。大学病院で歯科口腔外科や障がい者歯科の全身麻酔や静脈内鎮静法やペインクリニックの診療に従事。学会発表や論文発表を行っている。現在は、大阪府大阪市にある野上歯科医院での通法の歯科治療が困難な患者に対する麻酔下歯科治療を中心として、病院歯科やその他開業医で全身麻酔や鎮静、ペインクリニックの治療に従事している。