先天性疾患のある小児からがん末期のターミナルケア、お看取りまで幅広く訪問診療に携わっていると、さまざまなシチュエーションにおいてその人らしさを保つための一助として、口周りのケアが重要であると感じることがある。
医師の視点から口腔ケアの重要性と注意点についてお伝えしているこのコーナー。
第4回は、肝機能障害のある患者さんに歯科処置を行う場合、皆さんに知っておいていただきたいことについて解説する。
1. 腎代謝の薬剤を選択
肝機能に障害のある患者さんに対して歯科処置を施すとき、どのようなことに気をつけたらよいだろうか。肝機能障害は、抗生物質などの内服薬の代謝に影響を及ぼす可能性があり、使用薬剤には注意が必要だ。
明らかな肝機能障害がある患者さんに歯科処置を行う場合、可能であれば肝代謝でなく腎代謝の薬剤を優先的に使うべきである。さらに、肝機能障害が著しい場合には治療自体を延期するという判断も必要になってくるであろう。
腎排泄と肝排泄の薬の一覧(レジデントのための感染症診療マニュアル第2版より引用1))
2. 肝硬変患者には止血困難のリスク
患者さんの採血データにおいて、GOT/GPT 肝酵素(トランスアミナーゼ)が高い値を示す場合は、明らかに肝炎であると判断しやすい。しかし、肝疾患が進行した患者さんの場合、採血データが正常値に近くなるケースがあるため注意が必要である。
というのも、B型肝炎、C型肝炎といったウイルス性肝炎が慢性的に進行し、最終的に肝硬変にいたると、肝臓にはもうダメージを受ける細胞すら残っていない状態となる。そのため肝細胞が壊死することはなくなり、その結果としてGOT/GPTが異常に上昇することはなくなってくる。
このことから、肝硬変の重症度分類(チャイルド・ピュー)にはGOT/GPTなどの肝酵素の値は含まれない。その代わり、血中ビリルビン値や血中アルブミン値、血液凝固能を反映するプロトロンビン時間が用いられる。
ビリルビンが上昇し黄疸が明らかに認められるほど肝障害が進行した場合、肝臓でのタンパク質を造成することができずにアルブミンが低下する。また、血液凝固因子は肝臓で造成されるので、肝機能障害が起こると血液凝固能が落ち、止血が困難な状態に陥りやすくなる。
さらに、肝臓で作られるホルモンの一部が作られなくなることによって、血小板が減少する。このことも肝硬変患者さんにおける止血を困難にする原因の1つである。
このように、一言で肝疾患といっても、単純にGOT/GPTといった採血データだけで判断するのは不十分であり、血液凝固能や血小板数など他のデータもチェックする必要がある。肝硬変の場合、血液凝固能と血小板数が下がるので、歯科処置をした場合に止血困難になる可能性については頭の隅に入れておかなければならない。
3. 判断に迷ったら医師に相談
肝硬変患者さんは、門脈圧の亢進により胃食道静脈瘤を合併していることがある。そのため、口腔内の処置における嘔吐反射により、静脈瘤が破裂する危険性についても考慮して、歯科処置の必要性を判断する場合もあるだろう。
歯科の先生が、肝疾患患者さんの止血困難のリスクを見極めるためには、肝炎なのか肝硬変なのかを認識しておく必要がある。そのため、GOT/GPTや血液凝固能、血小板数といったさまざまなデータに目を配っていただきたい。
もちろん、肝疾患についての判断に迷ったときは、いつでも医師に相談をしていただきたい。そうやって医科歯科連携をより強固なものにしていけたらと思う。
参考資料
1)青木眞. レジデントのための感染症診療マニュアル第2版, 2008
執筆者
埼玉県三郷市で、一般外来と訪問診療の両方を担う「ハイブリッドな」クリニックを経営。外来では1日100人以上、在宅では月に約1,000人の患者を診察し、小児から終末期の高齢者まで幅広く対応している。
特に、医療的ケアが必要な患者さんに対しては、患者さんとその家族の負担を軽減する取り組みを実施している。その一つとして、在宅や施設の患者さんが病院受診することなく胃ろうの交換ができるよう、ポータブルの内視鏡を用いて、訪問で胃ろうの交換を実施。2021年は、551件の胃ろう交換の実績をもつ。