日本は世界に先駆けて超少子高齢社会に突入し、医療費を含む社会保障費は増加の一途をたどっている。今、健康寿命の増進・医療費抑制に寄与する施策により、人々が面として健康的に歳をとることができる社会構造の整備が求められている。
近年、世界同時多発的に口腔の健康と全身健康との関連性について研究されるようになり、骨太の方針においても「口腔の健康は全身の健康にもつながること」が明文化された。そのような流れの中で、口腔と全身の境界領域に対して、歯科と医科が連携し対応していくことの価値が見出されている。それが「医科歯科連携」である。
声高に叫ばれるようになった一方で、その推進においては様々なハードルが存在している。その一つが、「医師・歯科医師・患者など医科歯科連携に関わる人々が連携・受診する相手を探し、活かし合っていくための情報プラットフォーム」である。そこに対して、一つの学会が大きな一歩を踏み出している。
一般社団法人日本口腔ケア学会(以下、口腔ケア学会)は、医師、歯科医師、薬剤師、看護師、歯科衛生士、言語聴覚士、助産師、介護福祉士、管理栄養士、保健師、理学療法士、教員、保育士、ホームヘルパーなど多職種の専門家により構成され、集学的に口腔より全身を科学し各種疾患の支持療法として主治療を円滑に行えるようにするとともに健康の維持促進を図り、国民に研究の成果を発信している。
口腔ケア学会では、医科歯科連携に関わっている日本全国の歯科医院が自院の情報を登録することができる医科歯科連携の情報プラットフォームである「医科歯科連携関連医療サーチ」を提供している。
WHITE CROSSでは、口腔ケア学会の副理事長であり「医科歯科連携関連医療サーチ」を開発した、東京大学大学院医学系研究科 教授で医師の星和人先生にインタビューをさせていただいた。
Interview with Dr. Kazuto Hoshi
Q. 「医科歯科連携関連医療サーチ」についてお聞かせください。
「医科歯科連携関連医療サーチ」ですが、口腔ケア学会の強い基盤があったからこそ、開発できたと考えています。
口腔ケア学会は多職種で構成されているため、元々しっかりとした医療職間連携の素地がありましたし、更なる連携を促していく場でもあります。そこにおいて、医科歯科連携を加速することができればと思い、学会として「医科歯科連携関連医療サーチ」を立ち上げました。
医科歯科連携における最大のアウトプットが、周術期口腔機能管理と口腔ケアです。その意味合いからも、学会としてこのサイトを立ち上げたことには大きな意義があると考えています。
社会が凄い勢いで変化してく中で、私達は日々医療を提供しています。刻々と変わっている医療情報を如何にキャッチして、患者さんや周囲のスタッフなどに説明できるかが、非常に重要になってきています。例えば、コロナ禍においては感染情報や関連する学会のガイドラインなどが刻々と変わっていく中で、私達もまた凄い速さで「情報を集めて、理解して、統合して、周囲に説明」できなければいけませんでした。
ますます情報との向き合い方が大切になってくるこれからの時代において、医療専門職のための情報プラットフォームはとても大切です。
その一つとして「医科歯科連携関連医療サーチ」を、日々の医科歯科連携の情報の収集や発信のためにご活用いただければと願っています。一人でも多くの歯科の先生にご参加いただき、日々のお仕事やキャリアアップに活かしいただけてこそ、本当に価値のある情報プラットフォームに育っていくと考えています。
Q. 医科歯科連携に尽力されるようになったきっかけについてお聞かせください。
私のキャリアのスタートは1991年、母校である東大医学部の整形外科からでした。整形外科で医学を志すためには、しっかりした学問としての基盤も必要だと言うことで、当時の教授から「骨の研究をしなさい。」と言われました。当時、骨の研究を活発に行っていたのは歯学部の解剖学教室や生化学教室などの基礎系の教室でした。
その流れで、新潟大学歯学部口腔解剖学の教授だった故小澤英浩先生に師事したことで、研究に大変興味を持ち、同時に歯学との接点が強くなりました。そして、2002年に東大に戻り、再生医療の研究をすることになりました。再生医療の研究では、軟骨をテーマにしていました。その臨床導入を考えた時に、整形外科として四肢とか脊椎に臨床導入するよりも、顔面領域の軟骨の欠損で、機能的にも審美的にも大変苦しんでいる患者さんに、まず先に届けるべきと考えました。そこで、「口腔外科領域に導入するべきだろう」と言う話になり、口腔外科の臨床と関わり合いを持つようになりました。そのようなご縁から、これまでのキャリアの3/4程を歯学・口腔外科領域で勤めてきました。そのような私の人生の役割について考えた先に、歯学部と医学部、つまり「歯科と医科の結節点になれれば」と思うようになりました。そこから医科歯科連携に注力するようになったのです。
歯科医療は、その提供体制において、とても素晴らしい特徴を持っています。それが日本全国に散らばる68,000件の歯科診療所です。この歯科診療ネットワークは、これからの社会において、人々の健康を支える上で、とても重要な役割を果たす可能性があります。私自身、臨床をしていて「医者にはかからないけど、歯医者には行く。」と言う高齢者に出会うことがあります。老若男女問わず、歯科にはかかるのです。
歯科診療ネットワークは、既に国民の健康を支える重要なセーフティーネットです。しかしながら私は、その潜在能力をより一層発揮し、歯科の機能をもっともっと高めていって、真に“人々の健康を支える”セーフティーネットにまで発展していって欲しいと考えています。その流れの中で、医科歯科連携は必要不可欠な要素になってきます。
医師と歯科医師間でのワークシフト・タスクシフトを積極的に進めていくためには、制度も変えていかなければいけませんし、意識も変えていかなければいけません。そのための努力もしていかなければなりません。やらなければならないこと、大変なことが沢山ありますが、それでも私は、医科歯科連携はしっかりと進めていかなければいけないと思っています。
Q. 「医科歯科連携関連医療サーチ」を立ち上げるに至ったきっかけについてお聞かせください。
口腔外科は総合病院にあり、病院歯科です。病院歯科において、一番身近でかつ積極的にやっている医科歯科連携は、周術期口腔機能管理になります。
例えば、周術期において患者さんが誤嚥性肺炎を発症してしまいますと、沢山の抗生剤投与や検査が必要になります。そこに関わる人的資源を含めると、本当に膨大なリソースを投入しなければいけません。そのようなアプローチのみで、合併症を1%でも減らしたり、入院期間を1日でも短くするためには、医療者側に非常に大きな努力が求められます。一方で、口腔機能管理や口腔ケアであれば、「患者さん自身が努力ができて、ご家族など周囲の方々も努力ができて、医療スタッフも努力ができて・・・」というように、みんなで少しづつ努力することで発症リスクを下げ、入院期間を短縮することができるのです。口腔機能管理や口腔ケアは、効率も良いですし、やりがいもありますし、効果も高いアプローチなのです。
周術期口腔機能管理が保険診療に取り込まれて10年が経とうとしていますが、その実施率はそれほど高くありません。しかしながら、それを高めていくことは、周術期の患者さんの医療安全を高めることに繋がります。その可能性の大きさが、私が医科歯科連携を推進する大きなモチベーションになっています。
そのための情報発信の場として、関わる人であれば誰もがアクセスできるサイトを立ち上げようと思ったのが「医科歯科連携関連医療サーチ」のきっかけです。
歯科がない病院で、癌や手術をやっている病院は多くあります。周術期口腔機能管理に関連して、医師側が歯科に相談しようと思っても、どこが相談の窓口なのかが全然わからないというのが現実です。そのような病院がしっかりと周術期口腔機能管理ができるようにしたいと考えました。また、歯科がある病院があっても、その病院が生活圏にない場合は、患者さんとしてもなかなか通院しきれません。
サイト名についている「サーチ」という名前の通り、
・ 依頼をする医師が、連携できる歯科診療所を探せる
・ 周術期口腔機能管理が必要な患者さんが、通院しやすい歯科診療所を患者さん自身が探せる
ようにしています。それにより、周術期口腔機能管理の実施率が高まってほしいと考えています。
この記事を読んでくださっている歯科医師の先生方に、ぜひ「勤務している病院や、歯科診療所においても口腔ケアができる」ということをご登録・情報発信いただければと考えています。その蓄積が実を結び、一人でも多くの患者さんが、周術期口腔機能管理を受けられるようになれば、それは非常に良いことです。
また、現在の周術期口腔機能管理を始め、医科歯科連携においては医科から歯科にオーダーが来る場面が多いかと思います。しかしながら、口腔衛生状態が悪化すると生活習慣病リスクを上げるというデータが数多く出ています。これはつまり、歯科の領域に、人々の寿命を規定する要素があるということです。口腔衛生状態が悪化しており、生活習慣病のリスクも高い患者さんが、歯科診療所に来院されることは少なくないと聞いています。
そういう時は、逆に歯科から医科にオーダーを出してもらい、生活習慣病の治療やリスクの評価、診断を勧められるようになればと思います。
そのようにして医科歯科連携が進んでいけば、先ほど言ったような歯科診療ネットワークが、国民の健康を守るセーフティネットになり、より良い価値を社会に提供できるようになると私は期待し、信じています。
私自身、この領域に携わりながら、改善できる点は改善し、皆さんと共に新しい医療を作っていければと考えております。