米国の歯科医療の特徴の一つが、専門医制と育成プログラムが確立されていることである。
米国で歯科医師になるには、一般的な4年制大学を卒業した後に歯科大学を受験し、4年制のGP教育を受ける。そして専門医になるためには、さらに大学院に進学しなければならない。
専門医教育は、アメリカ歯科医師会により歯内・歯周・補綴・矯正・小児歯科・口腔外科などの9つの専門性を中心に規定されている。専門医教育過程では、専門領域の診療に加えて体系だった論文を基軸とした専門知の集中学習が行われ、それぞれに歯科医師会が規定する論文を中心に数百本の論文を抄読することになる。短いものでも2年を要することから、最低10年の大学教育を経て、専門医としてのスタート地点に立つことになる。
米国の専門医教育は、確立されていながら、同時に刷新され続けている。この度、世界最古の歯科大学として知られるメリーランド大学歯学部において、これまでにない新しい専門医教育プログラムの提供が開始されるという。
WHITE CROSSでは、プログラムの構想から認可申請をリードし、今後はプログラムディレクターとして運営に携わる齋藤花重先生にインタビューを行った。
歯周病・補綴のダブル専門医教育プログラム
Q. 新しく提供されるプログラムについてお聞かせください
今回スタートするのは、既存の歯周病(ペリオ)・補綴(プロス)の両専門医課程を融合させたプログラムです。これは本来ならばそれぞれに3年、合計6年かかる教育課程を、5年に凝縮させた画期的なプログラムであり、2023年4月現在で認可を受けている初のプログラムになります。具体的には、Advanced Sciences & Therapeutics講座のDual Certificate Program in Periodontics and Prosthodontics(以下、ペリオ・プロスプログラム)として、アメリカ歯科医師会の歯科医学教育認証評価機関により認可されたのです。
世界最古の歯科大学である米国メリーランド大学歯学部
Q. プログラムの前提となる米国の専門医制度についてお聞かせください
米国の専門医制度では、歯科医学教育認証評価機関(Commission of Dental Accreditation)という米国歯科医師会の部会の管理下において、矯正・小児歯科・口腔外科等の各治療部門ごとに、専門医養成プログラムのカリキュラムなどが定められています。
専門分野それぞれに、2〜5年の教育期間が制定されており、歯周病と補綴はともに、現在は3年(34〜36ヶ月)と定められています。歯学部卒業後、認可を受けたプログラムを修了することによって専門医とみなされ、各学会の専門医委員会(Board:ボード)による認定制度の受験資格が与えられます。そしてボードの試験に受かれば専門医に加えて、学会の認定医(Diplomate)となるわけです。
今回我々が認可を受けたプログラムを通じて、歯周病・補綴の両方の専門医教育の修了証明書(Certificate)、そして両学会の認定医試験の受験資格を得ることができます。つまり実際に5年でダブル専門医になることができるプログラムなのです。
Q. なぜダブル専門医を育成するプログラムが必要とされたのでしょうか?
大学として、ペリオ・プロスプログラムの必要性を感じ始めたのは3〜4年前からです。この5年の間に、当大学の歯周病と補綴それぞれの専門医プログラムの終了後、もう一方の専門医のプログラムに入学し直したケースが4例ありました。このことからプログラムとしてのニーズがあり、そのための教育課程が必要ということがわかってきました。
しかしながら当時の教育課程では、合計6年の専門教育が必要でした。しかし片方の教育を終えた後に、もう片方を再度一年目から履修しなければならない当時のプログラムの性質上、指導する立場から見ると、先に取得した専門医課程で学んだことを、もう一方で活かしきれていないように感じていました。そういったことへの対応として、大学として新しいプログラムの立ち上げを決定し、私自身がプログラムを率いる立場として計画から携わりました。
メリーランド大学で教鞭をとる齋藤先生
歯科医療へのニーズについて考えてみると、技術や材料の向上・高齢化などの複合的な要因から、歯科治療そのものが20年や30年前とは比べられないほどに複雑化しています。その複雑化に伴い、いくつかの分野にまたがった専門的な知識を必要とする症例が増えてきています。
ペリオ・プロスとよんでいますが、以前のいわゆる歯周補綴の概念とは違います。インプラントも一般的な現在においては、Site developmentから始め、一定期間プロビジョナルでコントロールして…というような、複雑なだけでなく治療期間も長くなるような症例が増えています。
実際に、この7〜8年の米国歯周病学会の学術大会においても、毎回のようにInterdisciplinary Sessionが行われるなど、臨床家として異なる分野をオーバラップした対応力が求められてきていると感じていました。そういう時代の変化や課題に、教育機関として対応していくためにも、このプログラムが必要であると考えています。
ペリオ・プロスプログラムを運営する上での当大学の強みとして、歯周病と補綴がもともと同じ講座内にあったということが挙げられます。アメリカでは診療科ごとに独立している大学も珍しくないのですが、クリニックがオープンスペースで隣り合っており、お互いにコンサルテーションが必要なときは、手が空いている人を呼んでくれば良いだけです。
また、治療計画の立案も両科のレジデントとそれぞれの指導医を交えて共有のデジタルルームで…という形を日頃からとっていました。補綴の課程においては、インプラント外科が必修なのですが、補綴のレジデント(大学院生)のオペを歯周病専門医の指導医が担当したり、その逆で歯周病のレジデントの即時埋入時に伴うクラウンの指導を補綴専門医の指導医が行ったりもしています。このように、ペリオ・プロスプログラムを構想するにあたり、診療科間においてもともと密な関係性が築けていたことは大きなアドバンテージだったと考えています。
二つのプログラムを融合させたというペリオ・プロスプログラムの性質上、既存のペリオ、プロス両プログラムとの連携が必要不可欠になります。そこにおいては、各ディレクターのDrs Harlan ShiauとDrs Radi Masriとも良好な協力関係があってこそ成り立っていると思っています。うちはみんな仲がいいのです(笑)
ペリオとプロスのレジデントと一緒に中庭でランチしたときの様子
Q. 当プログラムの強みについて教えていただけますか?
現在の米国では、両方の専門医を取れるプログラムがいくつかあります。しかしながら、そのほとんどがadvanced standing方式といい、簡単にいうと一つ目の専門医課程を終わってからもう一つの専門医課程に編入するという形です。例えば、「3年のペリオプログラム修了後、プロスプログラムに編入する」ということです。その形式ですと、どうしてもそれぞれの専門分野を5〜6年間かけて別々に習得することになります。
当大学のペリオ・プロスプログラムでは、1年時から両分野の座学・臨床を融合させた全く新しい5年制のカリキュラムを提供します。具体的には、レジデントは1年時から歯周病分野・補綴分野それぞれの臨床にあたります。例えば1〜3年次は、月曜の午前は補綴のセミナーに参加して、午後はペリオの診療、火曜はその逆、というように、それぞれの科を行ったり来たりするカリキュラムになりました。
まずは、「自分が補綴の立場なら歯周病専門医、歯周病の立場なら補綴専門医とのコミニュケーション・コラボレーションを経験してもらう。そして、4年次以降からそれらを融合させたペリオ・プロス、つまりそれぞれの分野で得た知識や経験を活かした臨床へ移行する。」という臨床カリキュラムです。
このカリキュラムはペリオ・プロスのレジデントだけではなく、ペリオプログラムやプロスプログラムそれぞれのレジデントにとっても大きなメリットがあると考えています。他の診療科との密なコミュニケーション・コラボレーションを日常臨床で経験させることで、「インターディシプリナリーで診療にあたるのが当たり前」という理念を持つ専門医を生み出せることが講座としての強みになります。
現在の歯周病専門医プログラムのレジデントたち
座学に関しては、各コースをコンテンツから見直すところから始めました。両方のプログラムそれぞれで教えられていた内容、例えば、「Implant literature review」などを一つにまとめ、各プログラムのレジデントとペリオ・プロスのレジデントが同じセミナーを受けられるように統合していきました。
本来であれば6年かかるカリキュラムを、5年制に凝縮するわけですから、コースの数を減らす必要がありました。その代わり、歯周病と補綴両分野を網羅した上で、内容も膨らんだと思います。指導する側も同じ内容を繰り返さなくてよいわけですし、ディスカッションを豊かなものにするという観点からも両専門医が同じ場にいる方が理に適っていると考えています。
実のところ、認可申請の前の準備には1年以上かけており、そこから認可を受けるまでは…それはもう大変でした。ペリオとプロスそれぞれのシラバスと授業内容を一つひとつ精査していくのは、気が遠くなる作業でした。実はコロナ禍中に日本へ一時帰国したのですが、海外からの入国者は2週間の自宅待機が必要とされていた時期でした。時間があったので、ひたすらこの作業をやっていたのは良い(?)思い出です。
特に大変だったのは、歯科医学教育認証評価機関とのやりとりでした。新しいプログラムの申請は年に2回しかできません。こちらの予定していたタイムラインで認可が下りないと、毎年7月にスタートするプログラムの開始時期そのものが丸1年ずれ込む、という緊張感がありました。評価機関側としても、今回のようなプログラムの申請は初ということもあって、相当に時間がかかったと聞いています。とはいえ、私としては待ちきれなくて、シカゴの本部に乗り込もうかと思ったくらいでした(笑)
Q. プログラムとして目指す方向や卒業生像についてお聞かせください
まずは「歯科界のニーズに応えられるプログラムにすること」です。私個人の理想を詰め込んだプログラムでもあるので、「良く言えば充実している、悪く言えばレジデントはレベルの高いことを要求されて、ものすごく忙しく大変なプログラム」だと思います。
そもそも、通常であれば72ヶ月のカリキュラムを60ヶ月に凝縮しているので、臨床・座学はもちろんのこと、修士号の取得もを目指すのであればそこに研究も含まれてきます。加えて、歯学部生への臨床教育にも携わってもらいます。指導することを通して学べることがありますし、専門性が高くなればなるほど効果的なコミニュケーションをとれる能力はより重要になるからです。そして、プレゼンテーションや論文発表などにも強くなってもらいたいと考えています。
補綴科のデジタルルームでの診療計画立案の様子
私の恩師であり、ご自身も補綴専門医兼歯周病認定医であるDr Dennis Tarnowは、
学んだことを返さなければ、自分の能力を無駄にしているのと同じ
といいます。これは、私が大学教員として常々心がけていることでもあります。
学会レセプションでのDr Dennis Tarnowと齋藤先生
やはり、自分が得た知識や技術は、アプトプットしなければ意味がないのです。卒業後の日常臨床もアウトプットの場ですが、同業者や歯科界全体に対して、学んできた知識や経験を共有できる立場になってもらいたい、そのためには外に発信できる力もつけてもらわなければいけない、と考えています。要求が高くてレジデントにとっては大変だと思いますが、レジデントのうちからそういった経験をさせるのも、プログラムディレクターとしての仕事なのです。
Q. 今後の課題と未来展望についてお聞かせください
何しろ前例のないプログラムなので、手探りの部分がまだまだあります。
レジデントには十分な症例数を経験してもらいたいので、プログラムの運営資金の確保するために、患者さんの治療費の一部に充てるための寄付を募ることもしています。
州の高等教育委員会など関係各所との折衝や、プログラム周知のための活動など、私自身も学びながら行っています。すべてのことが初めての経験になるため、一期生のレジデントには迷惑をかけてしまうと思いますが、一緒に新しいものを作る楽しみもあります。
豚骨実習の準備風景
すでに他大学から「うちの大学でもできないか」と問い合わせをいただいています。正直、思っていたより反響が大きく、融合型のプログラムとして最初に認可を受けたプログラムであることの責任も感じています。モデルケースとして、このプログラムを成功させることはもちろんのこと、同じようなプログラムが増えていくための手助けもできればと考えています。
これまでは「認可」を目指しての仕事でしたが、これからは「プログラムの運営」が仕事になります。そこにおいては、どこに出しても恥ずかしくないレジデントを育てることが一番の仕事になります。レジデントが卒業して、ダブル専門医として活躍してくれることで、初めてディレクターの仕事ができたといえるのではないでしょうか。
5年のプログラムなので、一期生が卒業するまでもまだまだ先ですが、ライフワークのつもりで向き合う覚悟でいます。
日本からも、当プログラムに挑戦してくれる方が出ることを、心より願っています。