7月28日、日本歯科大学生命歯学部の九段ホールにおいて、「一般社団法人日本専門医機構設立記念講演会」が行われた。
今年の4月から、医師の新専門医制度が始まったことは記憶に新しい。そして、まさに同時期に日本歯科専門医機構は設立されている。
昨今、医療技術の進歩により歯科医療も高度化・細分化され、さらに国民のニーズも変化している。そのような背景の中での同機構の設立に、大学・学会関係者を中心に注目が集まった。
本記事では、「日本歯科専門医機構の果たすべき役割を語る」と題された同講演会の様子をレポートしたい。
日本歯科専門医機構の果たすべき役割を語る
業務執行理事の今井裕先生を座長とし、理事長の住友先生が登壇。同機構誕生から現在にいたるまでの歩みにふれ、初の催しである本講演の抱負を語られた。
開会の挨拶をする、日本歯科専門医機構の住友雅人理事長
『医師の専門医制度と歯科医療における専門医の議論の現状』
和田康志先生(厚生労働省医政局歯科保健課 課長補佐)
厚生労働省の歯科保険課に所属し、「歯科医師の資質向上等に関する検討会」に携わる和田先生は、先行して運用されている医科の専門医制度の現状について解説された。
医科において専門医制度が議論され始めた背景としては、専門医の質(学会ごとに異なる認定基準)、医師と国民が専門医に求めるギャップ、地域や診療科間の偏在などが課題であったと語る。
新しい専門医制度は、中立な第三者機関が認定を与えることや、基本領域(内科など)とサブスペシャリティ領域(糖尿病など)の二段階に分けられていること、その中で、総合医も一つの専門であることが特徴だ。また、最近国会で医師法の改正が行われ、医師養成課程や専門医制度に都道府県協議会の意見を汲むなど、地域偏在の是正に向けた取り組みも始まっているという。
医科における従来の専門医制度と新専門医制度のイメージ
翻って歯科における専門医制度は、「歯科医師の資質向上等に関する検討会」の中の「歯科医療の専門性に関するワーキンググループ」で議論が進んでいる。あるべき歯科保健医療も「歯科保健医療ビジョン」にまとめられ、国民目線での専門医制度の確立が望まれると結ばれた。
『歯科専門性に関する経緯と日本歯科医師会の考え方』
柳川忠廣先生(公益社団法人 日本歯科医師会 副会長)
柳川先生は、日本歯科医師会の立場から歯科専門医機構に参画。2008年に日本歯科医師会が提示した「歯科医療ビジョン」において、すでに歯科医師の専門性に関する課題を盛り込んでいたと語る。
日本国内における歯科医師の特徴は、ほとんどが診療所に従事し、それぞれ専門性を有しながらも歯科診療全般に携わるGPであることだ。そのため、医師でいうところの総合診療専門医は表現しづらく、あまりの細分化も国民の理解を得づらいと指摘。
課題として、①育成(誰がどう教えるのか)、②国民に見えやすいこと、③各学会の認定基準の見直しや統合、④歯科医師のキャリアパスの明確化、⑤生涯研修制度の充実による全体の底上げが挙げられている。
歯科専門医制度において、歯科医師会が主体となる領域、学会が主体となる領域を整理しつつ、歯科界が一体となって今後も議論を進めていく必要があると強調された。
『日本歯科専門医機構の役割と展望』
鳥山佳則先生(東京歯科大学教授)
患者・国民不在の、歯科医師による歯科医師のためだけの専門医制度に陥ってはならない
鳥山先生は、歯科専門医機構の副理事長の立場から、同機構の事業を解説。制度設計、専門医の育成、基準認定、管理・監督、評価などがその主な事業となり、各学会はその構成員(社員)として参加することになるという。
同機構の役割と今後の展開をQ&A形式でわかりやすく提示。法的な権限はなく、ルールメイキング自体もあくまで厚生労働省が執り行うものの、プロフェッショナルオートノミー(※1)に立脚して専門医の質の担保と向上を図る組織であると強調した。
今後厚生労働省内で行われる予定の、専門性に関する医療広告の議論にも積極的に関与したいと意気込みを見せた。
『患者が望む専門医と専門医制度』
豊田郁子氏(患者・家族と医療をつなぐ特定非営利活動法人架け橋 理事長)
今回の講演会で唯一患者・国民の立場から登壇したのは、同機構の理事でもある豊田郁子氏。
豊田氏は、医療事故により長男(当時5歳)を亡くすという悲痛な経験を持つ。
夜間に強い腹痛を訴えた長男は小児救急外来を受診するも、満足な対応を受けられぬまま急死。病院側は当初、「当直医師は最善を尽くした」としていたものの、内部告発により問題のある診療体制が明らかになったという。さらに、当時小児科認定医であったこの医師は、事故後まもなく小児科専門医に認定。豊田氏は大きな衝撃を受けるとともに、医師の専門性や認定制度に大きな疑問を持ったと話す。
患者の視点で医療安全を考える連絡協議会の事務局長を務め、医療安全活動に携わってきた患者家族の視点から、 患者が望む医療について語られた。
医療安全を大前提とし、知識や技術もさることながら、国民へ向けた情報発信や意思決定を助ける患者説明、そして何より総合的に患者を診る姿勢が期待されているようだ。
質疑応答・全体討議
講演終了後、質疑応答の時間に移行すると、会場からは多数の質問が寄せられた。
専門医の人数はどのくらいが適正か。一人で複数の専門医を持つことが可能と思うが、どのようにとらえているか。研修内容は実技なども含むのか。診療科の標榜や広告はどのようになるのか。診療報酬にどのような影響を及ぼすのか。国民への広報にビジョンはあるか。
など、核心に迫る質問や、今後の展開の論点になりうる質問が闊達に飛び交った。
質疑応答の風景。各演者に対し会場からは多数の質疑があった
一つひとつの質疑に対し、熱心に回答を述べる住友雅人理事長
本機構の立ち上げに際し、まだ準備が整っていないのでは?という意見もありました。私は、まず母屋を作ることで物事は具現化していくと考えています。まず母屋を作って議論することが柱になります。生まれたばかりの本機構、小さく生んでともに大きく育てていきましょう。(住友理事長コメントより)
業務執行理事の木本茂成先生の挨拶で閉会となった。同機構の役割と展望は参加者の間で明確になったとしている。
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講演会を通して常に飛び交っていたのは、「国民目線」「プロフェッショナルオートノミー」「細分から統合へ」といったキーワードである。論点も、医科の後追いではなくいかにして歯科の特徴を反映し国民の信頼を得るか、といったポイントに当てられている。
拙速は禁物としながらも、時代の変化にあわせスピード感をもって制度が確立することは国民も望むところであろう。今後の議論や同機構の展開に継続して注目していきたい。
脚注
※1「プロフェッショナルオートノミー」
プロフェッション(医師などの専門職)とオートノミー(自律)を組み合わせた用語で、専門職の集団が行政などの介入を待たずに自らを律し、維持発展させていくことを指す概念。世界医師会などで近年しばしば使われるようになった用語。