12月1日(日)東京品川シーズンテラスカンファレンスの研修室にて、GPC(Global Prosthodontic Club)主催のセミナーが行われた。テーマは『治療計画とその治療の実際』。
同スタディーグループが丸一日の公開セミナーを行うのは初の試み。120名の会場定員は満席という盛況ぶりであった。
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“歯科医師は器用でないと務まらない”
一般的に言われるステレオタイプな歯科医師のイメージである。無論、外科手技である以上、アートの側面も併せ持つ職業であるが、それらが積み上げられたサイエンスの上にあることを思えば、単なる職人芸では務まらないことは、臨床家諸氏がいちばんよく認識しているのではないだろうか。
その、数ある歯科診療のシーンの中でも、ドクターの思考力がもっとも試されるのは、「診査診断」と、それに続く「治療計画の立案」ではないかと筆者は考える。
この「治療計画の立案」が今自分の中でもっとも熱いトピックですと語るのは、藤本研修会補綴・咬合コース講師の錦織淳先生。今回のセミナーは、その錦織先生が主宰するスタディーグループGPCに、インディアナ大学時代の友人である2名の専門医を招聘して実現した講演会である。
本記事では、いま治療計画立案のプロセスに注目する理由とその実際に迫った。
講演レポート
歯周病患者における予後の判定と治療計画 -専門医としての診断と治療結果の予測と実態-
“僕の今日の講演に、答えや方程式といったものはありません”
冒頭、インディアナ大学歯学部の歯周病科で教鞭をとる濱田佑輔先生はそのように前置きする。
「先生はどのような器具材料をお使いですか?」「判断基準を教えてください」・・セミナーでしばしばかわされる質疑応答だ。無論、そういったことは臨床を行う上で欠かせない項目であり、もっとも重要で関心の高い事柄のひとつであることに疑いの余地はない。
しかしながら濱田先生自身、答えを求めてアメリカに渡った結果、8割以上が実はグレーだったことを知ったという。
例えば歯牙保存の基準においても、絶対的でどのような状況にも適応できるルールというものは存在せず、最終的には「歯科医師のコモンセンス(常識)」といったものが実は重要なツールであることが文献的にも示されているそうだ。
Dr.Avilaの文献より(濱田先生のご厚意によりスライド掲載)
それでは臨床家は日々直面する一人ひとり異なった患者の問題に対し、どのように取り組めばいいのだろうか。
濱田先生は結局のところ“考える”ことであると話す。
歯周病専門医の立場から、①診査診断、②病因、③予後判定、④治療計画、⑤治療(非外科/外科)、⑥メインテナンスのそれぞれのフェーズにおける思考法を紹介。AAPの歯周病の新分類などを活用しながら1歯ずつ丁寧に診断をつけていく様子、患者の年齢や性格、経済状況といった情報も合わせながら一口腔単位の治療計画へと昇華させていく過程は、まさに思考の積み上げであった。
同時に、背景にはその思考をサポートする膨大な文献的知識があることを強く感じさせられる。知識があってこそ思考はさらに磨かれるのであろう。
良好な長期予後を目指したインプラント補綴
インディアナ大学の補綴科でアメリカ補綴学会ボード認定専門医を取得し、現在は大分県で開業している土屋嘉都彦先生。スタディーグループDENTAL SQUARE JAPANのボードメンバーも務める土屋先生は、国民の歯に対する価値観は一昔前に比べ向上したものの、歯科医療自体に対する価値観は未だ変わらないことを述べ、グループの受講生と共に歯科医療の変革を目指しているという。
比較的エビデンスに乏しい補綴学においても、「Mutually Protected Occlusionの確立」という共通のゴールがあるため、科学的根拠とのすり合わせで臨床に取り組むことが大切で、どうしても判断をサポートする文献がないときは、歯科医学ではなく、自然科学(特に物理学)に照らし合わせて正しいか否かという観点が役に立つそうだ。
演題であるインプラント補綴の長期予後に関しては、偶発症の低減がキーになるため、セメント固定vsスクリュー固定、アバットメントの材質、前装破折、スクリューの緩み、インプラント周囲炎などを研究した文献を紹介。どのように文献を解釈し、なぜ自身は現在の臨床を選択しているのか、その思考法を語った。
補綴専門医となった現在でも、自分の選択は世界的にみて間違っていないか、本当に最善であったか自問しているのだという。
補綴治療計画の立案と実践
GPC主宰の錦織淳先生が治療計画の立案を一つのテーマとするようになったのは、2002年にDr.Benedictが発表した一本の論文(『New paradigms in prosthodontic treatment planning』)がきっかけであったという。
その論文では、近年技術の進歩による新しい治療法の登場で、術者と患者の選択肢が広がり、治療計画プロセスが非常に複雑になったと提起している。
錦織先生は、どんなケースにおいてもまず主訴の理解が大事であるとし、医療従事者の役割(説明)と患者の役割(表現)を明確にした。その上で、治療計画の立案に際しては、①検索力、②読解力、③論理性、④コミュニケーションがキーになるという。立案する治療計画は一つではなく当然選択肢があり、その患者にとっての利益と負担が常に天秤にかけられるべきで、「治療をしない」という選択肢も外してはならないと錦織先生は強調する。
後半では、象徴的ないくつかの症例を供覧しながら、問診、診断、立案した治療計画とその選択肢、患者への提案とコミュニケーションといったプロセスが解説された。治療の内容や術式ではなく、その前段階のプロセスに主眼が置かれることは珍しく、専門医の思考法を疑似体験するような内容は受講生の明日からの臨床に大いに役立つのではないだろうか。
coffee break中の光景。演者との距離が非常に近いのが本グループの特徴(許諾を得て掲載)
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デジタルデンティストリーや接着修復など、近年テクノロジーの進歩が目覚しく、臨床判断をサポートする上で信頼性の高い長期的なエビデンスの立脚が追いついていないのが昨今である。また、患者のニーズも多様化・高度化してきた。
そのような状況下での治療計画の立案と実践は、一昔前とは異なる様相を呈し、困難を極めている。
今回登壇した専門医の講師たちは、治療計画立案に活用できるフレームワークを用意した。
フレームワークとは耳慣れない言葉かもしれないが、ビジネスなどでも使われる汎用化された思考の型のことで、意思決定・問題解決・計画立案などのプロセスを誰でも論理的に導くことができる。治療の答えなどといった幻想とは違い、現実を戦う頼もしい武器だ。
考えることこそが、医師が医師たるゆえんであり、もし医師が考えることを放棄したならば、それは医師とは違う何かになっているのかもしれない。
「私はこの症例に対してAを選択した。なぜなら・・・」
この「なぜなら」を、患者本人に対してはもちろんのこと、別の歯科医師に対しても、場合によっては法律の専門家に対しても、いつでも論理的に説明できるようにしておくことが、治療計画の立案と実践において重要なことなのであろう。