日本補綴歯科学会 認定研修機関
Shurenkai Dental Prosthodontics Institute 院長
日本補綴歯科学会 専門医・指導医
中村健太郎
歯科医療における支台歯形成は、日常臨床に不可欠な治療であることは論を俟たないと思います。しかしながら、ハンドピースによるアナログ技術を駆使することから、術者の腕前によって結果が大きく左右することは否めません。
最初の支台歯形態に問題があれば、その後のステップには誤差が積み重ねられ、装着するクラウンの適合、カントゥアー、咬合、歯周組織の健康など、すべて要因に何かしらの影響を及ぼします。支台歯形態が補綴学的に適切であれば、装着時も自然と好ましい結果が得られ、機能と耐久性に優れたクラウンを口腔内に保持させることができます。
翻って、印象採得や咬合採得の失敗は再試行ができますが、支台歯形成に限っては再試行が効かない宿命にあります。ひとたび削除された歯質は再生しないことから、絶対に失敗の許されない宿命にもあります。
また、支台歯形態はクラウンが装着されると覆い隠され、脱離しない限り二度と表に現れることのない、一見報われない……しかしバレない存在でもあります。それは、絵画に例えればデッサンのようなものです。名画は十全なデッサンの上に描かれているように、質の高いクラウンは欠点のない支台歯形態の上で成し遂げることを想起するべきだと思います。そのプレパレーション、自信はありますか。
プレパレーションの意義
これまで、プレパレーションを “形成” と訳し、その語意を “定形された支台歯形態に歯質を削る行為” であると誤認している歯科医師や、マージンとフィニッシュラインを混同している歯科医師を数多く見てきました。
プレパレーションの直訳は “準備、用意” であり、その語意は “歯冠補綴装置を装着するための準備” となります。マージンとは各種クラウンに適する歯頸部辺縁形態を意味し、そのマージン形態は各種クラウンの歯頸部辺縁形態から決定されます。フィニッシュラインとは切削面と未切削面との境界線を意味し、このフィニッシュラインは歯科医師が口腔内の状況から決定します。
また、支台歯形態を決定するプレパレーションデザインには、プレパレーションフォーム(形成形態)とプレパレーションボリューム(形成量)に区分されます。補綴学的に配慮されたプレパレーションフォームで適切なプレパレーションボリュームなら歯髄に障害を及ぼすこともなく、歯周組織の環境を乱さないプレパレーションデザインなら緩解している歯周病の再発も防ぐことができます。
適正なプレパレーションデザインを支台歯に再現すれば、結果として的確なクラウンを装着することができ、補綴歯は良好な咬合関係を保ち、歯髄や歯周組織は健康な状態となります。的確なフィニッシュラインとマージンを形成すれば、結果としてクラウンの辺縁封鎖が向上し、不潔域は存在せず、歯周組織は健康な状態となります。隣接面における軸面を適切な形成すれば、結果として適正なコンタクトポイントが付与でき、良好なエンブレジャーやカウントゥアーによって歯間乳頭の環境が整います。
このように、プレパレーションは “健康な歯を傷つける行為” と考えるのではなく、“支台歯に生じている問題点を解消、改善するための治療行為” とも考えられます。したがって、健康な歯質を削除する行為が悪行ではなく、計画性もなく後先考えずに歯質を削除する行為が愚行なのです。
従来の “クラウンを装着するスペースを確保するために歯質を削除する” 考え方に加えて、“的確なプレパレーションによって咬合や歯髄、歯周組織を整えるための治療行為である” 考え方も不可欠ではないでしょうか。
軸面形成の意義
接着技法が格段の進歩を遂げ、歯質と歯冠補綴装置が強固に接着すれば、支台歯に多少の不備が生じていても脱離などの問題は起こらないと考える歯科医師も少なくないと思います。
しかし、口腔内に装着されたクラウンブリッジは、想像以上に過酷な物理的条件下で機能しているのです。たとえば、冷たいアイスクリームを口に含んだ直後に熱いコーヒーを飲む場面では100℃近い温度差が急激に生じることになります。補綴装置と接着セメント、歯質の熱伝導性はまったく異なっており、温度変化で発現した応力によって接着界面が破壊され、クラウンブリッジが脱離するとも限りません。臼歯部では400N以上の咬合力が加わることもあり、材料の変性によって接着界面の破壊が起こるとも限りません。したがって、軸面の長さや角度(テーパー)が保持力に与える形態であることを基本において軸面形成しなければなりません。
また、審美性を追求するほか、フィニッシュラインを歯肉縁下深くに設定している症例をしばしば見かけますが、プラークコントロールも含めた歯周組織への影響はないのでしょうか。また、歯周病に罹患した歯では生物学的幅径を考慮して設定することが望ましいとされていますが、歯周組織への影響を配慮すると可及的に歯肉縁上に設定することで良好な予後が得られることも多々あります。したがって、フィニッシュラインは “歯肉縁下何㎜” と定めるのではなく、多くの要因を考量した総合的な判断によって設定しなければなりません。改めて、フィニッシュラインとマージン形成を含めた軸面形成の技量を見直すべきではないでしょうか。
プレパレーションの技量
プレパレーションは、その切削テクニックもさることながら、その基礎となる術前の準備ができていることが重要な条件であることを忘れてはなりません。歯科技工士と歯冠修復材料や色調の違いによる支台歯形態を確認することや、歯科衛生士と装着後の歯肉の健康を保つためにフィニッシュラインの位置やマージン形態を協議するなど、事前にプレパレーションデザインを決定しておかなければなりません。場合によっては、スタディモデル上にて支台歯形態を具現化することも必要となります。
基本的に、切削バーの種類も含めてプレパレーションの方法や手順に厳密なルールはありません。実際に歯科医師ごとに微妙に異なる方法や手順によって支台歯形態が形成されています。プレパレーションにおいて重要なのは方法や手順ではなく、いかにプレパレーションデザインを支台歯に再現し、かつ侵襲を少なく短時間で完了するかです。まずは、基本となるテクニックを身につけ、諸注意に気を配りながら着実なプレパレーションを心がけることです。臨床経験が少ない若手の歯科医師は決して急いて切削することはありませんが、時間の経ちすぎも患者に苦痛を与えてよくありません。
プレパレーションの完成度の高さは、プレパレーションデザインを基に、的確そして正確に歯質を切削できたかで決まります。スピードはプレパレーションテクニックを標準化することで、かつ再現性のあるプレパレーションを反復して修練することで自然に高まってきます。
プレパレーションはテクニカルトレーニングを積み重ねなければ決して上達しません。それゆえに、いついかなるときも修練する意気込みで臨み、術後にはかならず石膏模型で支台歯形態を確認し、自らを律することも忘れてはなりません。
プレパレーションの技量は、歯科医師の日頃の修練の積み重ねによってこそ初めて体得できるのではないでしょうか。
参考文献
1.Herbert T Shillingburg,保母須弥也ほか.キャスト・ゴールド・プレパレーション.医歯薬出版,東京.1972.
2.歯界展望/別冊 クラウンブリッジのプレパレーション.医歯薬出版,東京.1978.
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4.羽賀通夫,内山洋一,山下敦編.標準クラウン・ブリッジ補綴学.医学書院,東京.1989.
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6.佐藤亨,羽賀通夫,腰原好.クラウン・ブリッジ補綴学.学建書院,東京.2008.
7.石橋寛二,伊藤裕,川和忠治ほか編.クラウンブリッジテクニック.医歯薬出版,東京.2008.
8.矢谷博文,村松英雄編.プロソドンティクス第Ⅰ巻.永末書店,京都.2012.
9.矢谷博文,三浦宏之,細川隆司ほか編.第5版クラウンブリッジ補綴学.医歯薬出版,東京.2014.
10.日本補綴歯科学会編.第5版歯科補綴学専門用語集.医歯薬出版,東京.2019.
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8月18日(火)19:00〜、Shurenkai Dental Prosthodontics Instituteの中村健太郎先生をお招きし、LIVEセミナー「Back to the Basics 今こそ、プレパレーションを見直そう!」を開催します。指定期間中は何度でも視聴可能で、開催中は質問も受け付けていますので、ぜひオンタイムでご参加ください。
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