私が最も敬愛する経営者、渋沢栄一が唱えた「道徳経済一致説」を我々の世界に置き換えるなら、歯科医療がビジネスとしての側面を持つ一方、社会に果たすべき役割とは何かということを見直さなければならない時期がきていると思います(はじめに より)
う蝕や歯周病の疾病構造の変化と日本人の人口構造の変化により、歯科医療に対する国民のニーズが変化したことが近年指摘されている。さらに2020年に始まった新型コロナウイルス感染症の影響によって、より大きな変化が加速するであろうことは、多くの方が感じているのではないだろうか。
今回ご紹介する書籍は、ごくありふれた規模の医院から一念発起、15年をかけて患者数を20倍にするとともに、歯科医療を通して今なお新しい社会貢献を続ける医療法人マハロ会理事長、上村英之先生の新刊だ。
「治療」の第一世代、「治療プラスアルファ」の第二世代
まず、近年の歯科医療の潮流を俯瞰する著者。
「むし歯の洪水」と呼ばれ、医院を開設すれば必ず患者さんの行列ができた時代の治療主体の医院を第一世代とするならば、歯科医院の供給が過剰となり、他院との差別化のために自費治療や予防歯科を治療に取り入れるなどして、治療の幅を広げて経営している医院を第二世代と定義している。現在、都市部では第二世代の割合が増えているという。
しかしながら、いずれの場合も「治療」が収益のメインであることに変わりはなく、これからの時代を生き抜くのに十分ではないと著者は指摘する。
そこで第三世代として提言するのは、予防歯科を単なる治療のオプションではなく、医院経営の根幹に据えた歯科医院だ。
人生100年時代と言われ、人々が生涯現役となるこれからの時代。さらに口腔の健康が全身の健康とつながることが次々に明らかにされる中で、口腔の健康を生涯に渡り維持することの有用性は、歯科医療従事者にとってみれば自明の理である。
しかしながら、歯科医療従事者と国民の意識のギャップはまだまだ大きく、開拓のしがいのある領域であると著者は語る。第二世代と比較した際、アポイントの7割が予防の患者で占められることが、第三世代の目安なのだという。
歯科医院も “企業化” する必要がある
では、どのようにして予防歯科を根幹に据えた歯科医院作りをすればいいのだろうか。
著者の医院だけでなく、全国の医院でも活用できるような再現性のある手法はあるのだろうか。というのが次の疑問だ。
予防歯科の導入、そして推進を目指す上での前提として求められるのは、経営者としての意識です(86ページ)
予防歯科や訪問歯科診療を良質かつ継続的に患者に提供するためには、歯科医院の大型化が避けられない。
そのためには、経営理念や事業計画の策定、労働環境の整備、人材育成など、一般企業が当たり前のように行っている活動が歯科医院にも必要になるという。
日本的価値観から、医療でお金儲けをしてはいけないという風潮が根強くあることや、歯科医師は学生時代、医学者として育成されていることに理解を示した上で、「医者がお金を稼ぐのは悪いことではない」と強調する著者。
不安定な経営から抜け出そうとして、減少する既存患者から利益を出そうとするあまり、高額治療ばかりを勧めるなどの状態こそが不健全であり、経営の本質とは、事業継続のための適切な利益を確保し、未来への投資や従業員への還元を行いつつ、社会貢献を果たすことにあるという。
数多くの偉人や経営者の言葉を引用し、多くの歯科医師にとって専門ではない「経営」について、身近な領域から易しく解説する本書。
特に、【経営環境10のチェックリスト】は明日から使える内容になっている。その中には奇をてらった項目はひとつもなく、就業規則や業績推移表など、企業であれば当たり前の王道ばかりだ。
その先にあるのは、患者、働き手、社会、経営者の「四方良し」を実現する歯科医院。
ぜひ本書を手にとっていただき、著者とともに真の歯科経営者の道を歩んでみてはいかがだろうか。