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臨床 2021/01/21

“唾液腺” が新たに発見されたという根拠は存在しない 〜解剖学者と臨床医の再融合の必要性〜

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岩永譲1 伊原木聰一郎2

1. Department of Neurosurgery, Tulane Center for Clinical Neurosciences, Tulane University School of Medicine

2. 岡山大学大学院医歯薬学総合研究科 腫瘍制御学講座口腔顎顔面外科学分野

 

 

昨年「新しい唾液腺が発見」というニュースが流れたのは記憶に新しく、世界中の国々に大きなインパクトを与えた(Valstar et al., 2020)。(WHITE CROSSで取り上げた記事はこちら「未知の唾液腺が鼻咽喉で発見される オランダがん研究所」

 

『本当にこれが事実としたらすごいことだ』

 

『なぜ、こんなにも重要な発見?が世界的に認知度が高いジャーナルではなく放射線系のジャーナル(Radiotherapy and Oncology: impact factor 4.856)で発表されたのだろうか?』 

 

解剖学者、口腔外科医として驚き、興味をそそられた我々は真っ先に原文をダウンロードし、取りかかっていた仕事を放り出して熟読した。

 

そして、結論から言うと、【唾液腺が新たに発見された】ましてや【新たな臓器が発見された】という根拠は全く見当たらなかったのである。

 

 

しかし、単に批判するだけなら誰でもできる。この批判に対する根拠が必要だと考えた。その根拠として選んだのが、論文が発表されたジャーナル(Radiotherapy and Oncology)の編集長に対して書いた手紙 (Letter to editor)である。

今回の記事の根拠になるものは、話題となった論文が発表されたジャーナル(Radiotherapy and Oncology)に受理され公表された内容である、と言うことを先に明言しておきたい(Iwanaga et al., 2020)(PubMedに掲載済、図1)。

 

図1 ジャーナル(Radiotherapy and Oncology)の編集長に対して書いた手紙 (Letter to editor)

画像クリックで該当ページへ

 

 

2020年10月、世界中に「新しい唾液腺発見?」というセンセーショナルなニュースが届いた。一部の方は最初から内容を疑ったかもしれないし、一部の方は鵜呑みにしたかもしれない。ちょっとした間違いや誤解であれば、いちいち目くじら立てるべきではないというのが本音である。

また、こういった批判は大きな論争を引き起こす可能性があるため、出来るだけ控えたいと思っているのだが、このような場で断言するのにはそれなりの理由があった。

 

本件では、誤っている可能性が非常に高い情報が、メディアを通して「ものすごい発見」とプレスリリースされてしまった。これは今後の医療や医学研究にも悪影響を及ぼしかねない。医療従事者、解剖学者、口腔外科医として、正しい情報を流すのが自分達の役割だと考えた。この記事を執筆したのは、日本の医療従事者に正しい情報を届けなければならないと思ったからである。

 

おそらく多くの方は原文にまでは目を通していないと思うが、この記事を読んでいただければ原文の大まかな内容と、なぜそれに対し「根拠がない」と言っているのかを、ご理解いただけると思う。

 

実はLetter to editorは一つではなかった

我々のチームがこの論文に対し Letter to editor を投稿したのとほぼ同時期に、合計7通もの Letter to editor が同じジャーナルに投稿されていた。

そして興味深いことに、そのほとんどが論文に疑問を突きつけるか、反対もしくは支持しない、という内容であった。ここで強調したいのが、我々のレターはあからさまに論文の内容に反対する意見だったにも関わらず、それを編集長が受理(アクセプト)したということだ。論文内容の矛盾に気づいたのか、ただ一つの意見として捉え受理したのかは分からないが、少なくとも世界中の研究者の目に届く場所にこのレターが掲載されたことには間違いない。さらに、論文の著者はそれぞれのレターに対し返書を書いていたが、我々のレターに対する返書は、残念ながら全く納得できるものではなかった。また、我々の投稿以降、その他の解剖関連のジャーナルにも、この論文に対する懸念を書いた意見が寄せられるようになった。

 

なぜこの論文は理解されにくいのか

この論文が発表されてしばらくは、知り合いの解剖学者や外科医からも「この論文では新しい唾液腺の発見と書いてあるが実際どうなのか?」などの質問が我々の元に多く寄せられた。まだ論文に目を通していない専門家はもちろんのこと、論文を読んだ専門家ですら、100%は理解できなかったからである。

 

なぜならば、この論文は『解剖』『外科』『放射線』『病理』という4つの異なる専門分野にまたがったものだったからである。実はこれこそが、まさにこの論文を読み解く鍵であると同時に、理解を困難にしているポイントでもある。

 

解剖、外科、放射線、病理のそれぞれの専門家が別々に論文を読んでも、「何か引っかかる」ことはあってもそれが何なのか、もしくは論文自体が正しいのかという判断までは難しい。幸運なことに、我々は解剖や外科にはどっぷり浸かり、その他の2分野についても少しは学んでいたため、論文の記載が曖昧な部分を指摘することはできたものの、やはり十分ではなく、そこにはさらに専門家の意見が必要であった。

 

そこで我々は『解剖』『外科』『放射線』『病理』という4つの専門分野からなるチームを結成し、協力して論文の評価を行った。そこで導き出された結論が、”唾液腺が新たに発見されたという根拠はなかった” であった。これからその一つ一つを説明していきたいと思う。

 

論文の著者らが描いたストーリー

近年、Prostate-specific membrane antigen(PSMA:前立腺特異的膜抗原)が前立腺がん細胞に多く発現していることが注目を集めている。そのPSMAに結合するリガンドと放射性同位元素を組み合わせた製剤が Positron emission tomography(PET)に用いられており、PSMA-PETと呼ばれる。このPSMA-PETでは前立腺がんに強い集積亢進を示し、病変検出が可能となった。PSMA-PETはまた、膀胱、肝臓、腎臓、涙腺、そして唾液腺にも生理的集積を認める。問題となっている論文の原点は、このPSMA-PETを応用して唾液腺の研究を行った2018年の論文に遡る(Klein Nulent et al., 2018)。

 

前述の通り、このPSMA-PETは唾液腺にも集積を示す。過去の研究の中で咽頭壁においても,舌下腺の SUVmax と同程度の集積を認めた、というのが事の始まりである。この時すでに論文著者の頭の中には咽頭壁に唾液腺があるのではないか、という発想があったのかもしれない。そして、PSMA-PET の集積があるような組織は解剖学的に上咽頭には報告されていないため、きっと何か新しい構造物があるはずだ、という展開となったのではないだろうかと我々は推察している。

そして著者らは、1. 肉眼解剖学的に過去に報告されていない部位(上咽頭)に粘液腺組織を認めたこと、2. 組織学的に腺組織であったこと、3. PSMA-PETで上咽頭に舌下腺と同程度の集積があったこと、という3つの理由から「これまでに報告されていない唾液腺組織が存在する」「そしてそれは小唾液腺や大唾液腺という分類よりも唾液腺臓器複合体として解釈できる」という大胆な結論に至った

 

さて、皆さんはここまで読んでみてどのように感じただろうか?一つずつ細かく見ていこう。

 

上咽頭にある腺組織はよく知られており、既に名前もあった

そもそもの大きな間違いであり、これさえ論文の著者らが知っていたらおそらくこのような結論にはなっていなかっただろうという事実である。

 

著者らは、「その部位は頭蓋底の下にあり、解剖学的にアクセスしづらい部位のため、経鼻内視鏡くらいでしか観察が難しい、そのためこれまで発見されなかった」と考察している。しかし、学生実習や解剖学的研究において、正中矢状断で同部を日常的に観察している解剖学者の視点から言わせてもらうと、全くもってアクセスは簡単である。PSMA-PETで集積があろうとなかろうと、著者らが発表する以前の遠い昔から解剖学的に上咽頭に腺組織があることは知られており(Standring, 2015; Shapiro, 1954; Warwick, 1973)、教科書によっては咽頭腺(Pharyngeal glands,Glandulae pharyngeales)という名称を書いてあるものすら存在する。おそらく著者のグループにそのような解剖に精通している解剖学者がいなかったのであろう。

 

また、著者らは肉眼的に粘液腺組織であったと記載しているが、それを肉眼的に判別するのは不可能である。

 

組織学的検索による腺組織

著者らは論文中で、組織学的には粘液性細胞と PSMA陽性細胞が証明され、アミラーゼ発現はなかったとした。粘液性細胞や PSMA陽性細胞は唾液腺の証明としては全く不十分である。アミラーゼ発現がないのも舌下腺と同様の特徴とし、あくまで舌下腺様の唾液腺なのではないかと推測を続けた。筋上皮細胞や自律神経支配については一切記載がなかった。

 

これらの結果からは、組織学的に粘液腺組織がある、という結論しか見えてこない。

 

PSMA-PETで上咽頭に舌下腺と同程度の集積がある

著者らの2018年の研究で、咽頭壁の集積が舌下腺と近い値を示した、というデータがある(表1)。

 

表1 30人のPSMA PET/CTにおける健康な唾液腺、漿粘液腺、涙腺のSUVmax(Klein Nulent et al., 2018より改変引用)

 

確かに舌下腺と咽頭壁の SUVmax は似ている。しかし、鼻粘膜も似ている。涙腺も遠くはない。このデータから、咽頭壁の組織が唾液腺だという根拠は一切ない。むしろ上咽頭は鼻粘膜のすぐ後方にあり、その延長上にあると考えても良いくらいである。

 

客観的に見てこれらの事実(データ)から導き出せる結論

解剖学・・・「既知の咽頭腺、もしくは上咽頭にある腺組織」を改めて肉眼的に調べた

 

組織学・・・粘液腺組織とPSMA陽性細胞の証明。唾液腺としては全く不十分であり、むしろ唾液腺の特徴が証明されておらず懐疑的。腺組織ではある。

 

放射線学・・・舌下腺や鼻粘膜、涙腺などと似た SUVmax

 

→これらの事実を見て対象となった構造物を「唾液腺」と考える人がどれほどいるだろうか?全ての専門分野において腺組織、もしくは腺組織かもしれない、という程度の事実しか特定できない。

 

これらの事実から、われわれは「唾液腺であるという納得のいく根拠は存在しない」という結論に至った。

 

今後も起こりうる問題と解決すべき課題

実は今回だけではなく、臨床系ジャーナル(特に外科系)で解剖の内容が議論されることは多々ある。多くの場合は査読者が解剖学者ではなく、外科医となる。教科書レベルでの話だと良いのだが、解剖の専門家ではないため、解剖の論文を調べないと得られない知識や、古い解剖の教科書からしか得られない知識などを求めるのは酷である。これこそが今後解決していかなければならない課題である。

 

解剖という分野は近代医学の中でも最も古い歴史を持つ。そのため、「研究」というものが盛んになる前から医療従事者は「教科書」から知識を得ていた。古い教科書には記載があるものの、研究としては存在しないものも数多くあるし、デジタルデータベースでは検索できないことも多い。解剖学者が知識として知っていても、データベースで論文を検索しても出てこないため、あたかも臨床医にとっては“新しい発見”のように捉えられてしまうこともある。解剖学者がもっと領域をまたいで臨床医と共に仕事をしていく、また、臨床医は解剖の専門家の力が必要な分野は躊躇せず協力し合う、という双方の歩み寄りが必要である。

 

今回の誤った認識は実は氷山の一角であり、今後も様々な問題が発覚する可能性がある。解剖学の先人達が築き上げてきたデータや知識は膨大である。それが、デジタルデータでない、という理由だけで風化していってしまう可能性もある。そしてそれを知らずにまた“新たな発見?”が重ねられていくことは非常に残念であると同時に財産の損失であるとも考えられる。

 

外科の歴史が始まった時代、外科学の教授は解剖学の教授でもあった。時と共に外科学と解剖学が分離し、別々の道を歩み始めたが、今もう一度ここで歩み寄り、共に手を取り合う時なのではないだろうか。

 

我々の志す「臨床解剖」とは、臨床医だけでも解剖学者だけでも成り立たない。この2分野のエキスパートの協力が不可欠であり、それこそが患者への最大の貢献となると信じている。

 

引用文献

Iwanaga J, Ibaragi S, Nakano K, Takeshita Y, Tubbs RS. No convincing evidence for the presence of tubarial salivary glands: A letter to the editor regarding "The tubarial salivary glands: A potential new organ at risk for radiotherapy". Radiother Oncol. 2020 Dec 11:S0167-8140(20)31226-3. doi: 10.1016/j.radonc.2020.12.007. Epub ahead of print. PMID: 33310009.

 

Klein Nulent TJK, Valstar MH, de Keizer B, Willems SM, Smit LA, Al-Mamgani A, et al. Physiologic distribution of PSMA-ligand in salivary glands and seromucous glands of the head and neck on PET/CT. Oral Surg 2018;125:478–86.

 

Standring S. Gray’s anatomy: the anatomical basis of clinical practice. London: Elsevier Health Sciences; 2015.

 

Shapiro HH. Maxillofacial anatomy. Philadelphia: Lippincott; 1954.

 

Valstar MH, de Bakker BS, Steenbakkers RJHM, de Jong KH, Smit LA, Klein Nulent TJW, van Es RJJ, Hofland I, de Keizer B, Jasperse B, Balm AJM, van der Schaaf A, Langendijk JA, Smeele LE, Vogel WV. The tubarial salivary glands: A potential new organ at risk for radiotherapy. Radiother Oncol. 2020 Sep 23:S0167-8140(20)30809-4. doi: 10.1016/j.radonc.2020.09.034. Epub ahead of print. PMID: 32976871.

 

Warwick R, Williams PL. Gray’s anatomy 35th British edition. Philadelphia: W.B Saunders Company; 1973.

 

図1 話題の論文に対するわれわれの意見を書いたLetter to editor

https://www.thegreenjournal.com/article/S0167-8140(20)31226-3/fulltext より引用

執筆者

岩永 譲の画像です

岩永 譲

歯科医師・医学博士

Associate Professor
Department of Neurosurgery
Tulane Center for Clinical Neurosciences
Tulane University School of Medicine

東京医科歯科大学卒業後、 久留米大学でおよそ10年間、口腔外科臨床および解剖学研究・教育に携わった後、2016年に渡米。米国ワシントン州にある Seattle Science Foundationを経て、現在米国ルイジアナ州にあるテュレーン大学医学部を本拠地として活動している。世界中の大学・臨床医・解剖学者と連携をとり、臨床解剖研究や学生教育に従事している。座右の銘は”Carpe diem”

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