近年、著名人の口腔癌罹患をきっかけに口腔粘膜疾患が脚光を浴びている。
患者の口腔粘膜を日常的に観察する開業歯科医院の臨床家諸氏が、口腔粘膜疾患の診断およびその後の経過について明るいことは、地域医療を為す上でも重要な視点となっているが、いかがだろうか。
著者は、歯科大学の口腔外科医として、地域歯科医師会と体制を構築し、口腔癌集団検診や個別検診を行うとともに、医療連携委員として、長らく病診連携に努めている。
本連載では、近在歯科医院より紹介を受けた実例を通じて、開業歯科医院ではどのような視点をもって患者の口腔内を診るべきなのか。そして、紹介先医療機関(多くの場合高次医療機関への紹介)でどのような検査が実施され、患者はどのような経過をたどるのか、解説したい。
病診連携の入り口と出口を知ることで、地域医療の質はさらに向上するものと願っている。
症例
患 者:78歳 女性
初 診:2018年2月
主 訴:舌の白斑の精査・加療
既往歴:高血圧
生活歴:タバコおよびアルコールなどの嗜好はなし。まれに義歯による機械的刺激あり
現病歴:2017年3月に舌の違和感を自覚し、近医を受診。右側舌縁に境界明瞭・辺縁整な白斑を認め、周囲硬結はなかった。細胞診を施行し、Class II(良性)と診断。白板症の臨床診断下に、経過観察。
2018年2月の経過観察時に、白斑の増大を指摘。精査・加療目的に、当科に紹介受診となった。
近医からの情報提供
患者は右側舌縁の違和感を主訴に来院。本人に痛みや痒みなどの自覚症状はなし。周囲硬結もなく、細胞診でClass IIであったことから、白板症の臨床診断下に、1年ほど経過観察を行ったという。
しかし、今回の経過観察時に、増大があったため、当科紹介にいたった。
近医からの紹介状(イメージ)
現症:
全身所見:栄養・体格中等度、全身状態良好。高血圧のため、近医で投薬加療中、初診時の血圧は、136/82。
口腔外所見:顔貌は左右対称、頸部に異常なリンパ節腫大は触知しなかった。
口腔内所見:右側舌縁に20×18mm大の不均一な境界明瞭・辺縁整な白斑を認めた。白斑の中央に、2mm大のびらんを認めた。口腔の他部位に白色病変は認められず、周囲の硬結は触知しなかった。同部に圧痛や舌の運動障害、嚥下障害も認めなかった。義歯の適合はやや不良で、機械的刺激の関与が考えられた(写真1)。
臨床検査所見:炎症所見はなく、他に特記すべき所見も認めなかった。
写真1 初診時の口腔内写真
臨床診断:
上皮性異形成(一部、癌化の可能性も完全に否定できない)
処置および経過:
初診時に細胞診を施行し、Class II(NILM、良性)の診断であった。また、義歯による機械的刺激が考えられたため、義歯床縁を削合し、調節を行った。
前医との結果が同様であったが、スクリーニングとして、蛍光観察を行った。蛍光観察では、白斑部に合致した、不均一で境界不明瞭・辺縁不整な蛍光ロスが観察された(写真2)。
写真2 初診時の蛍光写真(イルミスキャンⅡを使用)
2回目の来院時、びらんは消失していたが、白斑部の変化は認めなかった。当日は、細胞診の結果説明や治療方針の相談を行った。
本人の自覚症状はなく、また、周囲の硬結は認めないものの、不均一で、境界不明瞭・辺縁不整な蛍光ロスを認めたことから、上皮性異形成や上皮内癌の可能性を考慮し、摘除生検の方針とした。
また、処置は、入院管理下、静脈内鎮静下で行うこととした。そのため、高血圧で加療中の近内科に照会したが、手術に際し問題となる事項は認めなかった。
初診から2か月後、入院管理下、静脈内鎮静下において、右舌腫瘍切除術を施行した。静脈路を確保し、ミダゾラム・プロポフォールで静脈内鎮静下に2.0%キシロカイン(1/8万アドレナリン添加)0.1mLを舌尖部に局所麻酔。舌尖部に糸掛けし、牽引した。
まず、肉眼所見での範囲を、ピオクタニンを用いてマーキングした(写真3)。
写真3 肉眼所見でのマーキング
その後、部屋を可及的に暗くし、蛍光観察を行い、蛍光ロスの範囲をマーキングした(写真4)。
写真4 蛍光観察下による蛍光ロスの範囲のマーキング
次いで、ガーゼで舌の表面の水分を軽くふき取り、3.0%ヨード生体染色を創部に塗布し、速やかに生理食塩水で十分に洗浄。1分後に、ヨード生体染色による不染帯を確信し、マーキングとした。本症例は、肉眼的所見と蛍光ロス、不染帯がほぼ一致していた(写真5)。
写真5 蛍光写真と肉眼的所見の比較。点線部は蛍光ロスおよび不染帯を示す
蛍光ロスより5mmのマージンを設定し切除、創部は縫縮した。出血は少量で、異常所見は認めなかった。
まとめ
術後の全身スクリーニングでは、異常は認めなかった。現在、術後3年を経過しているが、再発・転移はなく、経過良好である(写真6)。
写真6 術後の様子
病理結果は、以下の通りである。
錯角化重層扁平上皮細胞は、核の大小不同、N/C比の増大、核クロマチンの濃染などの細胞異型が全層にわたり、観察される。
上皮の基底膜はほぼ保たれているが、一部不明瞭である。明らかな上皮化への浸潤は認めない。上皮化には、炎症性細胞浸潤を認める。切除断端に異型上皮は認めない。
その結果、上皮内癌の診断となった(写真7)。
写真7 切除した病変の病理結果。錯角化重層扁平上皮細胞に核の大小不同、N/C比の増大、核クロマチンの濃染などの細胞異型が観察される
本症例のように、当科では口腔粘膜疾患に対して、視診・触診、細胞診に加え、蛍光観察によるスクリーニングを行っている。
特に蛍光観察は、侵襲を伴わず、繰り返し施行が可能であることが最大の利点となる。また、肉眼では判定不可な微小な徴候に対しても可視化や記録ができるため、定期観察(再診)における癌化評価の有効な補助方法となる。
蛍光観察はその特徴と使用法を熟知すれば、上皮性異形成や扁平上皮癌に対して高い描出能を持つ有用な手法となる。
この間、紹介元とは直接の電話連絡や診療情報提供で、常に連携を取って診療にあたっている。また、本症例では、義歯の不適合も誘因の可能性があったことから、義歯の調整をお願いし、再作製いただいた。
近医から適切な時期に紹介をいただき、フォローを行ったことにより、癌化を避けることができた。もし紹介を受けていなかったら、扁平上皮癌になり、進行すれば、大きな手術が必要となっていたかもしれない。患者のQOL低下を未然に防ぐことができた好例といえよう。
病診連携キーワード
開業医による経過観察のポイント
白板症は口腔潜在的悪性疾患に分類され、癌化は約5%と報告されている。しかし、ある日突然癌化するわけではなく、徐々に変化し、癌化にいたると考えられている。特に、
・ 白斑が不均一なタイプ
・ 部位では舌・口腔底
・ 喫煙・飲酒などの生活歴がある
・ 長期経過例(癌化率は5年で約5%に対し、10年だと約10%)
このような症例では、癌化率は高いとされている。また、白板症と臨床診断された症例のうち、手術で取り除き、病理検査を行うと、約6%が扁平上皮癌であったとの報告もある。そのため、常に癌化を念頭に置き、十分な観察を必要とする。場合により基幹病院への精査や診断、加療を依頼する。
白板症の臨床診断下に経過観察を行う場合、開業医は特に白斑の形状・色調・周囲の境界・症状に注意して観察することが重要である。
カンジダ症、口腔扁平苔癬、褥瘡、口腔癌などとの鑑別が必要だが、白斑が形状の変化(増大や潰瘍の形成)・色調の変化(濃くなる)・症状(違和感や痛みが出てきた)・周囲の硬結を触知というときには高次医療機関へ紹介いただくとよい。その際の注意点はこれまでの経過について詳細に記載するとよい。
細胞診のClass分類
細胞診の判定はパパニコロウ染色という方法が用いられ、以下の5段階で行われる。
Class Ⅰ: 異型細胞が認められない。正常。
Class Ⅱ: 異型細胞は認められるが、悪性の疑いはない。
Class Ⅲ: 異型細胞は認められるが、悪性と断定できない(Ⅲa:おそらく良性異型 Ⅲb:悪性を疑う)
Class Ⅳ:悪性の疑いが濃厚な異型細胞を認める
Class Ⅴ: 悪性と確定できる異型細胞(癌など)を認める
Class III、IV、Vは、原則的に基幹病院に紹介する方がよい。またClass IIでも10%前後で悪性が隠れていることがあるため、臨床的に悪性を疑うもしくは否定できない場合には、基幹病院に紹介することをおすすめする。
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蛍光観察は、GPの臨床の幅を拡げ、口腔癌早期発見の手助けとなる手法です。口腔癌診察、治療の新たなページが開かれるでしょう。
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実録!病診連携
白板症から重層扁平上皮がんに発展した症例
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執筆者
東京歯科大学卒業後、口腔外科を専攻し、現在、同大学口腔顎顔面外科学講座にて講師を務める。口腔がんの治療・予防などを専門とした、臨床や研究に臨む。現在は、東京歯科大学市川総合病院や千葉歯科医療センターで勤務している。