今回は、千葉県歯科医師会の会長の砂川稔先生、専務理事の久保木由紀也先生、そして理事の小宮あゆみ先生にインタビューを行った。前後編の2回で、千葉県歯科医師会の時流を捉えた成長戦略である「8029・健康寿命延伸プロジェクト」、 人々の健幸を高める「8029(ハチマル肉)運動」。そして「児童相談所への嘱託歯科医師の配置」など、歯科医療の枠を超えた活動の全容をお伝えする。
これからの歯科医療はどこに向かって行くのか。どのような価値を日本社会に提供して行くのか。どのように歯科医療の枠を超えて行くのか。それらを描き出して行くことで、日本社会における歯科医師会の真価に迫る。
日本歯科医療はどこに向かうか
Q. 全国に先駆けて、児童相談所への嘱託歯科医師を配置したことについてお聞かせください
砂川先生
近年、児童虐待についてのニュースを目にする機会が増えてきました。今年の1月には、千葉県においても心を痛める児童の死亡事件が起きてしまいました。
振り返れば、児童虐待の防止等に関する法律は2000年に制定されたものです。実は千葉県内に7箇所、児童相談所があります。法律の制定を受けて、我々歯科医師会は年に1回、児童相談所に歯科健診にいっていたのですが、それってデータの収集にしかなっていなかったのです。
「ネグレクト受けている児童の口腔内環境は悪い」という事実を知ることには繋がったのですが、じゃあ本当に子供達を守るために、具体的な何かをできていたかというと何もできていなかった。もちろんネグレクトとデンタルカリエスの関係がわかった。それはそれで素晴らしいことなのですが、そこから一歩踏み出していく必要があったのです。
私は2017年に、千葉県歯科医師会の会長に就任しました。同年6月に同法の一部改正があって、そこで初めて「児童虐待の早期発見において、重要な役割を果たせる」として、歯科医師の名前が載ったんです。同時に、児童福祉法においても歯科医師の名前が載りました。
千葉県歯科医師会会長 砂川稔先生
その流れを受けて、今までやってきた歯科医師会の事業を見返し、全ての児童相談所への嘱託歯科医師の配置を行政に提案して、翌2018年の行政が作った基本計画に盛り込んでもらいました。そして今年の4月にこの事業がスタートしたのです。
第2回 児童相談所嘱託歯科医師合同会議 風景
歯科医療の立場からトラブルを見出し、子供たちに手を差し伸べられる取り組みとして、全国初の取り組みです。この11月には、浦安にある明海大学の大講堂で、児童虐待防止の歯科研究会学術大会を開催します。
国の法律や計画が変わって行く中で、我々に何ができるかを考えて動くことが大切です。国や中央が方針を決めたからといって、地方がそのままスムーズに変わっていけるわけではないのです。歯科医療の立場から社会を前進させて行くためには、積極的に都道府県行政に働きかけて行く必要があり、そのための県歯科医師会なのです。
久保木先生
これはあくまでスタート地点にすぎません。全ての児童相談所に嘱託歯科医師を配置し、ネグレクトの早期発見のための機会増やした。そして、その先を考えていかなければいけません。
一般社会や学校での教育機会に繋げること。児童相談所のデータ管理を一元化して行くこと。そこに関わるいくつかの細かい法律の調和を図って行くこと。そういうところにまで昇華させて行く必要があります。
これは国の方針に合わせて我々がやってきたことを、国にフィードバックして、より良い社会を作って行くために必要なプロセスです。
Q. 日本社会から求められる歯科医療を目指して、これからの歯科医療はどこに向かうべきでしょうか?
小宮先生
ここまで、千葉県歯科医師会の戦略である「8029・健康寿命延伸プロジェクト」、 人々の健幸を高める「8029運動」。そして「児童相談所への嘱託歯科医師の配置」についてお話をさせていただきました。これらは全て歯科医療の枠を超えて、社会全体に深く、そして大きく関わる活動だということをご理解いただけたかと思います。
例えば、省庁で言うのであれば、これまでの歯科医師会は厚生労働省と文部科学省の学校歯科検診関係のこと以外には、なかなか目を向けて来ていませんでした。しかしながら視座を高めて、歯科の枠を超えて活動しようとした時に、もっともっと歯科医療の立場から社会に還元できることがあるのです。
小宮あゆみ先生(左)、久保木由紀也先生(中央)、砂川稔先生(右)
久保木先生
「8029・健康寿命延伸プロジェクト」、「8029運動」、「児童相談所への嘱託歯科医師の配置」。これらは千葉県歯科医師会が始めたことかもしれませんが、千葉県歯科医師会のものではありません。日本全国、どの地域社会にでも当てはまることなのではないでしょうか。都道府県の枠を超えて、全国の歯科医師会が共感して、同じ思いで動いてくれるならウェルカムです。手と手を取り合って一緒に活動して行きたいと思います。そうして、これらの活動が、歯科の枠を超えた活動として広がり、日本全国の人々を健幸に貢献して行くことを願っています。
砂川先生
私たちがやっているのは、歯科医療の立ち位置から社会の仕組みを作りに参加し、貢献して行くことです。そのためには、やはり歯科医師会・歯科医師連盟の組織力がすごく大切なのです。そうしなければ、私たち自身の職域も守っていけないのです。様々な先生がいてこその歯科医療ですが、個々人が良ければ良いという考え方では、歯科は確かな価値を社会に提供できません。
日本社会のために、そして私たち歯科医療従事者自身のためにも、私たちを信じていただき、全ての歯科医師の先生に歯科医師会・連盟に参加して欲しいと願います。
取材を終えて
8020運動に代表される先人達の努力の結果、高齢者の残存歯数が増加し、次の課題として歯周病罹患率が増加してきている。そして口腔健康、特に歯周病とさまざまな全身疾患との関連性が指摘され始めているなか、2017年に国家が口腔健康と全身健康との関連を認め、歯科検診と口腔ケアを推進することを明文化し、2019年には2022年度までに60歳代における咀嚼良好者の割合を80%以上にすることが目標として設定された。
また、2019年の国家戦略である骨太の方針においては、歯科医療の役割として、歯科医師・歯科衛生士によるフレイル予防や、介護、障害福祉関係機関との連携などが明文化された。
超高齢社会、人生100年時代、フレイル、地域包括ケアシステム、ネグレクト・・・現代社会を表現する様々な言葉が溢れかえる中、これからの日本の歯科医療のあり方を表現し集約できる言葉はないだろうか・・・。それは歯科医療の成長戦略の柱となり、歯科医療と社会とのつながりを感じさせられるものであって欲しい。そう考える日々の中で「8029運動」に出会った。
初めて聞いた時には不思議に感じたその言葉だが、取材を通じてその本質を知れば知るほど、その言葉が持つ強烈なまでの「はまり感」を感じさせられた。
「良いものだけを・・・」という考え方では、社会は守れないのです。
8029運動を通じて人々の生きる力に根本から寄り添うために、人々の幼少期から寄り添い、高齢者や障害者、虐待されている可能性のある児童などにも手を差し伸べていく。
国家戦略に沿って、日本国がどうあるべきで、医療・介護・福祉がどうあるべきで、歯科医療がどうあるべきで、そして、私たち個々の歯科医師がどうあるべきか。それを貫けるのが8029運動だと考えています。
インタビューを通じて得られた言葉の一つ一つに、これからの時代の歯科医療を感じさせられる。
「8020運動」は平成元年に始まり、時代を通じて日本の歯科医療のスローガンであり続け、目指すところを示してきた。
平成の最後の年に産声を上げ、令和に入り力強くその活動を始めた「8029運動」が、新時代を通じた日本の歯科医療のスローガンとなり、歯科医療が国家・国民に提供していく価値を示す言葉として広く社会に浸透していくことを願う。
歯科医療が国民に提供できる価値を面として高めていくためには、歯科医師会・連盟がより強くなる必要があり、一人でも多くの歯科医師が、歯科医師会・連盟の活動に参加していくこと、コアに参加できずとも会員となり賛同していくことが大切となる。
「学術を牽引し、自費診療を中心とした歯科医療を提供する歯科医師。」
「保険医として、地域医療に貢献している歯科医師。」
「海外に飛び出して、活躍している歯科医師。」
「子育てをしながら、週に数日臨床現場に立つ歯科医師。」
「学府や病院で働いている歯科医師。」
そして、「自らの診療時間やプライベートな時間を犠牲にしてでも、歯科医師会や歯科医師連盟で尽力している歯科医師。」
ひと昔と比べて歯科医師のキャリアについて得られる情報も多くなり、多様化した時代において、他にも様々な生き方があるだろう。
それぞれの立場や思いがある中で、「歯科医療が国家・国民にとって良いものであって欲しい」と願わない者はいないであろう。それは、歯科医師のみではなく、歯科医療に関わる全ての人の願いであろう。
その共通の思いを束ねられるような成長戦略を日本歯科医師会が描き切った時、令和という時代は歯科医師会・連盟が、すべての歯科医師、および歯科医療従事者を代表する業界団体へと昇華していく時代になるのかもしれない。
執筆者
WHITE CROSS編集部
臨床経験のある歯科医師・歯科衛生士・歯科技工士・歯科関連企業出身者などの歯科医療従事者を中心に構成されており、 専門家の目線で多数の記事を執筆している。数多くの取材経験を通して得たネットワークをもとに、 歯科医療界の役に立つ情報を発信中。
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