歯科医療が大きく社会保障制度に組み込まれている日本国において、歯科医師会が果たす役割は大きい。平成という時代を通じて展開してきた「8020運動」は、2016年段階で達成率50%を越え、新たに「オーラルフレイル対策」の推進がはじまっている。歯科医師会を通じた活動は、日本社会に確かな価値を与えている。
都道府県歯科医師会においても、地域社会に歯科医療を通じた価値を提供するためのさまざまな活動が展開されている中、WHITE CROSSでは千葉県歯科医師会の活動に注目をしてきた。
2017年に発足された会長の砂川稔先生、専務理事の久保木由紀也先生、担当理事の小宮あゆみ先生を中心として、「8029・健康寿命延伸プロジェクト」というオリジナリティに富んだ事業は、これまでの枠組みを超えた“新しい歯科医師会活動のあり方”と、“地域社会に歯科医療がもたらす価値の広がり”を示してきた。
この6月末、砂川会長の退任に伴い、高原正明 新会長へと8029運動のバトンが渡されていく。
6月10日、幕張海浜公園のZOZOマリンスタジアムにて、千葉県民への8029運動の啓蒙を目的に、プロ野球・千葉ロッテマリーンズ冠試合「8029ナイター」が開催された。WHITE CROSSでは、砂川執行部の集大成といえる「8029ナイター」を取材させていただいた。
『8029運動』の灯火
左から小宮先生、砂川先生、久保木先生
Q. 「8029ナイター」についてお伺いした時、そのスケールの大きさに驚かされました。冠試合を開催しようと考えた理由をお聞かせください。
小宮先生
プロ野球での冠試合の開催は、千葉県歯科医師会史上初めてのことです。この4年間、8029・健康寿命延伸プロジェクトを推進していく中で、どのようにして県民の皆様に8029運動を周知していくかについて、我々はいつも頭を悩ませてきました。久保木専務から、「8029ナイター」が提案された時に、現執行部の集大成としてこれをやろうとなりました。
久保木先生
千葉ロッテマリーンズの運営母体であるロッテホールディングスさんとは、8029運動を通じてコラボレーションをさせていただきました。そういった関わりの中で、「8029ナイター」が思い浮かんだのです。「8029」が表示されるスタジアムで8029運動の旗振り役である砂川会長が始球式をして、試合の途中にもそのプロモーションビデオが流れる。エンターテイメントの中で、8029運動に触れてもらうよい機会になると思いました。
始球式での砂川会長
砂川先生
本来ですと3万人を収容できるスタジアムを超満員にして…と考えていたのですが、コロナの影響で、政府の制限に基づいて観客5,000人での開催となりました。冠料は同じなのでちょっと悔しい気持ちもありますがチケットは完売し、今できる中でのベストな訴求機会になったと感じています。
小宮先生
実は今日マウンドに上がっている佐々木郎希投手は、高校生日本歴代最速を記録しており、今最も注目されている選手の一人です。もし勝ち投手になったら、何回もニュースで放送されたり、新聞に出たりする可能性があり・・・そうすると8029運動が多くの人の目に触れることになります。それが8029運動の全国デビューの第1歩になるのではないかと考えています。
この日、ロッテは東京ヤクルトスワーロズと対戦し、2対1で勝利を収めた。佐々木投手の本拠地初勝利はお預けになったが、さまざまなメディアで取り上げられ、そこには「8029」がしっかり映り込んでいた。
Q. 4年間の8029運動を振り返って、何が成功の鍵だったとお考えでしょうか。またこの1年半、コロナによるさまざまな制約がある中で、どのように活動してこられたのでしょうか?
砂川先生
「8029・健康寿命延伸プロジェクト」では、5本の柱で事業を展開してきました。
8029・健康寿命延伸プロジェクト 戦略図
8029運動ならではの特徴として、インバウンド事業があります。歯科医療の価値を国民や県民に伝えていくために何か新しい歯科医師会活動をはじめようとした時に、元々関係性がある団体や、学校、研究機関などにアプローチすることは比較的容易にできます。
しかしながら、その枠を超えて歯科外に情報発信をして、さらに歯科外から歯科医療に入ってきてくださるインバウンドの力を活かしていくというのは、基礎となる人間関係の構築や継続性においてなかなか難しいところがあります。高いハードルでしたが、それを乗り越えて実際にインバウンド事業が上手く回りはじめると、我々歯科のみでできる情報発信の何倍もの発信力になることがわかりました。
この4年間で蓄積してきた他業種や一般企業などとコラボレートしていくノウハウや人間関係は、次の執行部に引き継がれていきます。
特に、ロッテさんやイオンさんとはしっかりとしたコラボができてきましたので、この関係を継続して行ってほしいと願います。
株式会社ロッテとのコラボレーション企画「噛むこと体験ブース」の様子
コロナがはじまってからは、特にイベントを行うには大変苦労しましたが、情報発信についてはSNSを使うなど様々な情報ツールを駆使して事業展開をしてくることができました。
その一方で、コロナ故に、我々自身がインバウンド事業の価値を実感できた面もありました。昨年の春先から夏にかけて、千葉県においても歯科医療への受診率が一気に落ち込みました。
その一方で、千葉県は全国と比べても回復が著しく早かったのですね。それは8029運動に絡めて、口腔健康と全身健康のつながりをはじめ歯科医療がいかに大切かについて、さまざまな情報発信をしてきた蓄積や、延々と継続してきた地域歯科保険活動が功を奏したことによるものと考えています。
イオンとコラボした8029プレゼントキャンペーン企画のアンケート結果より、千葉県内においては「8029」を知っている県民が約4割にものぼることが分かった
ゼロからスタートした8029運動ですが、この4年間で千葉県歯・口腔の健康づくり推進条例に盛り込まれ、県の事業になりました。その歯科医療の枠を超えたコンセプトやそのフィロソフィーについては、歯科内外の多くの方々にご理解いただけたと考えています。
超高齢社会を迎えている中で、健康寿命増進のためにも県民への周知を継続し、歯科医療の枠を超えたキーワードとしてより一層、浸透させていかなければいけません。
久保木先生
8029運動を通じて、今までの歯科医師会の歴史の中でなかったことが沢山できたと考えております。色々刺激的なこともありましたし、会員の皆様がびっくりされることも多々あったかと存じ上げます。
今日の8029ナイターにおいても畜産協会さん、ロッテさんにイオンさんなどと歯科医師会がコラボするなどということを、誰が想像できたでしょうか?それをすべてつなぎ合わせる接着剤のような存在が8029運動なのです。
コラボできる団体・企業はもっともっとあります。8029運動の活動の輪をどんどん広げていけたら、一般社会において歯科医療の価値がますます高まっていくのではないかと考えています。
砂川先生
突発的な出来事から活動の輪が広がっていくこともありました。例えば、2019年に千葉県を大きな台風が襲いました。その際、畜産業などを中心に甚大な被害を受けました。そこで「地産地消のものを支えよう」と歯科医師会から発信をしたのです。そうすると県行政から「一緒にやらせてほしい」と。そこから歯科医療と農林水産物とのコラボもはじまり、イオンさんの力を借りて何万枚ものリーフレットの配布が行われました。
「一緒に千葉県を支えよう」と。
歯科医師会から発信したことが、地域を巻き込む大きな活動となっていきました。
久保木専務の言う通り歯科医師会活動は、広げようと思えば歯科医療の枠を超えてどこまでも広がっていくものです。
Q. 8029運動の5本の柱の中でも、調査・研究事業を重視しているとお伺いしました。
砂川先生
基本的に5本の柱をバランスよく進めていくことが大切であると考えています。ただ、その中でも歯科医療である以上、いちばんのベースになるのは研究・調査事業であると考えています。
例えば、事業の一環として全国健康保険協会(協会けんぽ)千葉県支部に「予防歯科を受診した人達において、どれだけ全体医療費が削減されるか」について分析するためのデータ提供をお願いをしました。そうしたところ、千葉県のみでなく本部から全国のデータをご提供いただくことができました。
それを受けて、日本大学松戸歯学部の有川量崇先生とタイアップして、約700万件のデータから40歳以上である436万件のデータを抽出、分析をしています。教授も今までに扱ったことがない桁違いの量のデータだということでした。その分析結果を具体的施策に落とし込み、歯科医療から提供できる価値として多職種連携や地域包括ケアの中に組み込み、地域社会の役に立てていきます。
もちろんスタンドアローンで進められるのではありません。歯科医療として推進したいことの根拠を作るのが研究・調査事業であり、さまざまな方々の力を借りながら広げ、歯科医療から社会を変えていくうねりにしていくのがインバウンド事業です。
–後編では、歯科医師によるワクチン接種について、千葉県歯科医師会の対応。それを踏まえて、コロナ禍の先の日本社会に歯科医療としてどのように向き合っていくべきか。そして8029運動の灯火についてインタビューが続く。
執筆者
WHITE CROSS編集部
臨床経験のある歯科医師・歯科衛生士・歯科技工士・歯科関連企業出身者などの歯科医療従事者を中心に構成されており、 専門家の目線で多数の記事を執筆している。数多くの取材経験を通して得たネットワークをもとに、 歯科医療界の役に立つ情報を発信中。
記事へのコメント(0)