我々歯科医師は、患者のさまざまな問題に対して、その改善を図るべく日々治療を行っている。
患者の訴える主訴は、一本の歯の治療であったり、全顎的な治療を希望されたりと多岐にわたる。しかし、だからといって我々が最初に踏むべきステップは変わることはない。
すなわち、患者の主訴部位や際立って見える局所的な問題にとらわれず、一口腔単位で診査・診断をするという習慣は、すべての患者に対して行うべきルーチンワークと考えるべきである。なぜなら、主訴がたとえ一本の歯の問題であっても、なかには歯列や咬合に原因があったり、患者が持つ骨格が原因で問題が生じていることも少なくないからだ。
我々歯科医師の使命は、どんな患者であっても一口腔単位の診査・診断を行い、問題点を把握し、原因を解決する治療計画を立案して、より理想的な結果を患者に提供することである。
木原敏裕先生を中心としたK-Projectが主催しているFCDC(Fukuoka Clinical Dental Course)では、診査・診断において『木も見て森も見る』ことに重点を置き、若手歯科医師の育成に取り組んできた。
本企画では、「全顎治療時に取り入れたい3つの習慣」と題し、FCDCにて若手歯科医師に伝えている一口腔単位での診査・診断に活かせる視点・ノウハウを供覧したい。
第2回目となる今回は、パノラマエックス線写真から「骨格の問題」を読み取るノウハウを解説する。
パノラマエックス線写真で何を見るか?
パノラマエックス線写真というと、それぞれの歯の状態、歯周組織、欠損部位の状態を全顎的に総覧するために用いると考えがちだが、それだけでは資料として活用しきれていない。
たとえば図1のパノラマエックス線写真は、骨格性Ⅲ級、high angle、open bite の患者であるが、前歯部の補綴はおそらく上顎右側中切歯および側切歯欠損に伴う審美的な理由で補綴されたであろうこと、また臼歯部における多数の補綴物、無髄歯、欠損が生じていることはオープンバイトのためにアンテリアガイダンス欠如に起因することと推察される。
パノラマエックス線写真からこれらのことを読み取ることができれば、総合的な診断の厚みを増すことができるだろう。
図1 骨格性Ⅲ級、high angle、open biteの患者のパノラマエックス線写真と口腔内写真。
歯科治療では「現状に至った原因を把握し、その原因を解決するために何が必要かを考えること」がもっとも重要である。特に骨格と歯列の状態は治療ゴールに与える影響が大きいことから、診断において最重要項目といえる。
図2は、筆者らがパノラマエックス線写真でチェックしている6つのポイントである。
図2 筆者らがパノラマエックス線写真でチェックしている6つのポイント。
6項目のうち、骨格と歯列に関係する項目が5つも占めていることに注目してほしい。
パノラマエックス線写真を精査するということは、骨格と歯列を診断していることとイコールなのである。
本稿では、6項目のうち『③上下顎前歯の状態』にフォーカスをあてて解説する。
パノラマエックス線写真から骨格を読み取る方法
おさらい パノラマエックス線写真像の特徴
パノラマエックス線写真を診断のツールとして有効活用するためには、映し出される像がどのようなものであるのかを理解する必要がある。
そもそもパノラマエックス線写真は断層像であることから、対象となる部分(部位であったり、歯列であったり)が断層幅から外れていると、特徴的な像が映し出されてしまう。
つまり、正しい位置づけのもと撮影したにも関わらず特徴的な像が映し出されたとしたら、そこには何らかの意味があると考えることができる。
たとえば、パノラマエックス線写真はFH平面を水平基準に設定し撮影断層幅内に歯列弓が位置づけられるように撮影することが基本であるが(図3)、もし上下顎前歯が拡大された像が撮影されたとしたら、それは断層幅よりも上下顎前歯が後方に位置づけされた状態で撮影されたといえる(図4)。
図3 断層幅内に歯列が収まっているパノラマエックス線写真像。
図4 断層幅よりも上下顎前歯が後方に位置づけられて撮影されると、パノラマエックス線写真は拡大された像になる。
一方、上下顎前歯が縮小された像が撮影されたとしたら、それは断層幅よりも上下顎前歯が前方に位置付けされた状態で撮影されたといえる(図5)。
図5 断層幅よりも上下顎前歯が前方に位置づけられて撮影されると、パノラマエックス線写真は縮小された像になる。
では、下顎前歯の歯根が短い像や、逆に上顎前歯の歯根が短い像というのは、どういったシチュエーションだろうか。
これは、前者は頭を下に傾けた状態(前屈)で撮影され、後者は頭を上に傾けた状態(後屈)で撮影された結果、断層幅から歯根がはみ出たことから歯根の縮尺が変わったといえる(図6)。
図6 同じ患者に対し、上のパノラマエックス写真は頭を下に傾け(前屈)、下のパノラマエックス写真は頭を上に傾け(後屈)て撮影したもの。
上のパノラマエックス写真は断層幅に対して下顎前歯の根尖が後方にはみ出るように位置づけされることで下顎前歯の歯根が短い像となる。一方、下のパノラマエックス写真は断層幅に対して上顎前歯の根尖が口蓋側にはみ出るように位置づけされることで上顎前歯の歯根が短い像となる。
「パノラマエックス線写真は歪みが生じてしまうもの」と私たちは思いがちだが、得られた像にはそれなりに意味があることを理解しておきたい。
拡大・縮小される理屈がわかると、骨格と歯列が見えるようになる
パノラマエックス線写真像で歯が拡大・縮小されてしまう理屈は理解できたことと思う。
しかしその結果、次のような疑問を抱くのではないだろうか。
正しくFH平面を水平基準に設定し、断層幅内に歯列が収まるよう上下顎前歯を断層幅内に位置づけているのに、なぜこんなに拡大された(縮小された)像が撮影されてしまうのだろう?
その疑問こそが、骨格と歯列の状態を把握する上でのキーとなる。
図7の上の写真は、FH平面を水平的基準に設定して撮影した、骨格性Ⅱ級・Ⅰ級・Ⅲ級の患者における断層帯と上下顎前歯の位置関係を示したものである。それに対し下の写真は、前述した頭位が前屈状態・理想的な状態・後屈した状態の写真である。
図7 骨格に問題がある患者における断層帯と上下顎前歯の位置関係(上)と、頭位を屈曲した状態の断層帯と上下顎前歯の位置関係(下)。
FH平面を水平的基準にして撮影したにも関わらず上下顎前歯の拡大率に差が出るということは、断層帯から上下顎前歯がはみ出ている=骨格に問題があるといえる。
両者は、FH平面こそ異なるものの、上下顎前歯の位置関係は同じであることがわかるだろう。
すなわち、FH平面を水平的基準に撮影したにも関わらず歯根の長さが変わるのは、断層帯から歯根がはみ出ている、つまり「その患者の骨格に何らかの問題があるから」といえる。
実は、FH平面を水平的基準に設定して撮影されたパノラマエックス線写真の右側は、同様にFH平面を水平的基準として評価する側貌写真、セファロエックス線写真と密接にリンクしている(図8)。
図8 パノラマエックス線写真の右側は、側貌写真やセファロエックス線写真から得られる情報を映し出している。
つまり上下顎前歯の像の拡大率や歯根の長さの違いを確認することで、上下顎前歯の唇舌的な位置および歯軸の傾斜はもとより、顎間関係の前後的位置関係も推測することができるのである。
骨格の違いによって映し出される特徴的な項目
ここからは、実際に骨格の違いによってどのような像が得られるのか、参考例を提示したい。
骨格性Ⅰ級正常咬合
上下顎咬合平面で構成されるわずかな開口位での空隙は前歯部・臼歯部とも均等で、パノラマエックス線写真と相関が認められる。
下顎枝の長さも左右ほぼ同じで、正中も一致している。
図9 骨格性Ⅰ級正常咬合患者のパノラマエックス線写真。
骨格性Ⅱ級 High Angle
左右下顎枝が短く、High Angleであることが推察される。
下顎前歯の歯根長が短いことから、頭蓋に対して下顎前歯は唇側に傾斜していることが推察できる。
上下顎咬合平面で構成されるわずかな開口位での空隙は、前歯部より臼歯部のほうが大きい。
図10 骨格性II級 High Angle 患者のパノラマエックス線写真。
開口
上下顎咬合平面で構成されるわずかな開口位での空隙は臼歯部より前歯部のほうが大きく、オープンバイトでの咬合状態であることが推察される。
図11 開口患者のパノラマエックス線写真。
骨格Ⅲ級 High Angle Open Bite
下顎角が大きくHigh Angleであることが推察される。
下顎前歯部の歯槽骨、骨体が下前方に成長しているため、臼歯部と比較して高さ(厚み)がある。
また、上下顎咬合平面で構成されるわずかな開口位での空隙は臼歯部より前歯部のほうが大きく、オープンバイトでの咬合状態であることが推察される。
図12 骨格Ⅲ級 High Angle Open Bite 患者のパノラマエックス線写真。
「正常像と違う」という違和感にヒントがある
ここまで、パノラマエックス線写真で骨格を見る方法を解説してきた。
本稿のポイントは「正常像と違う像が得られるのは訳がある」ということである。
これは言い換えると、「正常像との違いを見つければ、問題解決の糸口になる」ということでもある。
得てして私たちは欠損や骨吸収にばかり目がいきがちだが、まずは俯瞰的にパノラマエックス線写真を見て、違和感の有無を探す習慣を持つべきであろう。事実、正常像と異なるところや違和感を感じるところが、問題を抱えた患者が現状に至った原因となっていることが多い。
「なぜこのような像が得られたのか」を熟考することこそ、診断力を向上させる第一歩である。
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次回はスプリントによる顎位のチェックについて解説する。
K-Projectとは
木原敏裕先生(奈良県開業)が主宰する、診断と治療計画立案、コンサルテーション力の向上と、よりよい歯科医師人生を歩むための勉強会の卒業生で構成されるグループ。
累計150名を超えるメンバーが所属し、商業誌や講演会などで著名な歯科医師も多く在籍している。
FCDC(Fukuoka Clinical Dental Course)、CSTPC(Consultation & Sequential Treatment Planning Course)などレベルに応じたコースを開催している。
2013年、そのコンセプトをまとめた書籍『Professional Dentistry』シリーズ(全5巻)をクインテッセンス出版より発行。
FCDCとは
FCDC(Fukuoka Clinical Dental Course)は、必要十分な資料の採得から診査・診断、トリートメントプランの作成までを柱に、明確な治療ゴールを目指して、楽しく、確実に治療ができるようになることを目的とした、若手歯科医師対象のコース。
K-Projectのフィロソフィーを伝えるべく、藤本博先生、徳田将典先生、江川光治先生、佐伯剛先生、國崎貴裕先生、今泉康一先生、奥村昌泰先生が講師を務める。
詳しくはこちら(http://www.fcdc.jp/index.html)