インプラントの10年生存率は、現在95%以上といわれ、今や歯科治療の欠損補綴の一分野として欠かせない時代となりました。そんな中、消費者センターにはインプラントトラブルの相談が多発し、最も重大な事象としてインプラント手術による死亡例すら見受けられます。
インプラントの必要性を痛感しながら、慎重さゆえ導入に今一歩踏み出せない先生もおられるでしょう。しかし、初診で既にインプラントが入っている患者さんが来院されたらどうしたらいいのでしょうか?
先生方がインプラントの “はじめの1本” を入れる際には、安全で確実なインプラント治療を行うために、「症例」を選ぶ必要があります。歯科雑誌やwebには目を見張るほどに美しい審美症例や、大きな骨造成を行った症例、即時荷重インプラントなど華やかな症例が並んでいますが、それらは積み重ねた研鑽の結果なのです。
ここで、 “はじめてのインプラント” のための基本を学んでいきましょう。
どこにインプラントを入れるのか?
はじめの1本の埋入部位には、下顎管や舌下動脈、上顎洞などの解剖学的な危険ゾーンを避けて骨の高さも幅も十分にある非審美領域を選択すると良いでしょう。
そもそも、インプラントは歯が失われたところに入れるものですが、初診時に保存不可能な歯が存在している場合も対象となります。抜歯が必要となるインプラント埋入時期は、抜歯即時(タイプ1)から骨が完全に治った状態(タイプ4)までに分類されます(Table1)。
Table 1 抜歯後のインプラント埋入時期
また、術後いつから荷重をかけ始めるかによっても難易度が変わります(Table 2)。
Table 2 荷重プロトコールの定義
荷重時期によってもインプラント手術の難易度は変わる。
後ほど、術前プランニングから通した一例を呈示します。呈示する症例は、右下第一大臼歯部で、埋入時期はタイプ2、通常荷重を行なった症例です。
タイプ2(軟組織を伴う早期埋入)は、抜歯後4~8週が経過した状態です。この時期の特徴としては、口腔粘膜は治癒していますが、骨には十分な治癒が起こっていないため、インプラントは先端3㎜ほどの残存骨のみで維持されます(Fig.1)。初期固定が得られにくいため、はじめの1本としては少し難易度が高い早期埋入の症例ですが、インプラント先端部のインプラント窩の形成が適正であれば、植立した後に若干の方向修正も可能になります。
Fig.1 抜歯窩のインプラント窩形成イメージ
どんなインプラントを入れるのか?
次に、インプラントシステムの選択基準としては以下の5つが挙げられます。
1. 厚労省の認可が取れていること
・メーカーの信頼性がある
・公社)日本口腔インプラント学会の専修医/専門医受験症例に使える
2. 教育システムが整っていること
・習熟度に応じたセミナーでステップアップできる
3. 文献数が多いこと
・人の経験をベースにできるのでDr.も自信を持てる
・患者の信頼を得られる
4. シェアが多いこと
・他院からの転医や他院への紹介に有利
5. 目標にする先生の採用しているシステムであること
・症例相談や手術サポート等に有利
インプラントシステムを選択したら、埋入するインプラント体の直径と長さを選択します。
はじめの1本としておすすめしたい埋入部位は、先述した “非審美領域の下顎臼歯部” で、“骨幅6.1㎜以上”、“下顎管まで12㎜以上の高さ” がある症例です。今回は、Straumann®の直径4.1mm、長さ10mmが基準となっているインプラントを使用します(fig.2)。
Fig.2 「はじめの1本」を埋入する場所は、解剖学的に危険ゾーンを避けた十分に骨がある非審美領域です。
Straumann® Tissue level Implantはφ4.1 10㎜ RNが基準となっています。
下顎臼歯部で骨幅6.1㎜以上、下顎管まで12㎜以上の高さがある症例を選びましょう。
症例紹介
初診日 2018年11月10日
患者 52歳女性(Fig.3)
主訴 右奥歯が疼く、噛めない
既往歴 特記事項無し
現症 46に動揺、排膿を認める
X線所見 近心、遠心根ともに根周囲を取り囲むようにX線透過像を認める(Fig.4a-b)
診断 46慢性根尖性歯周炎
Fig.3 2018/11/10
術前口腔内写真
Fig.4 2018/11/10
術前パントモ(a)およびデンタルX線写真(b)
術前の資料採集では、初診で必ず口腔内写真5枚法以上を撮っておきましょう。パントモ写真は初診時と、インプラントを植立する直前の歯がない状態のもの、そして、正確な診査のためにもCT立体画像も必ず撮るようにしましょう。
口腔内写真は、歯肉や口腔粘膜の状態などの口腔内の状況を記憶に頼らず誰が見てもわかるようにしておくためにも必要です。患者へのカウンセリング、スタッフとの情報共有、症例相談に欠かせない資料となり、将来的に日本口腔インプラント学会の専修医・専門医取得のために必須となります。
治療内容
46を抜歯(Fig.5)後、印象を採得(Fig.6a-b)し、その模型上でスタディモデルおよび外科用ステントを作成します(Fig.7)。約1ヶ月にパントモX線写真とCTを撮影し、植立方向の確認を行います(Fig.8a-b)。抜歯後は約2ヶ月ほど粘膜の治癒を待ち、ドリリングホールの方向を修正したステントを装着して、デンタルX線で確認した後(Fig.9)、インプラント1次手術を行いました。
Fig.5 2019/1/19
46抜歯窩
Fig.6a-b 2019/1/26
抜歯後1週間。頬側骨壁を失っていた部分が退縮している。
Fig.7 スタディモデル上で外科用ステントを作成
a 造影性レジンで歯冠形態を作る
b バキュームフォーマーでステントを作成
c インプラント植立方向を想定し中心窩からドリリングホールを空け、ストッピン グ等不透過な材料を詰めておく
Fig.8a 2019/2/16
術前パントモX線写真
Fig.8b 2019/2/16
術前CTよりインプラントを選択し、ステントのドリリングホールを確認する
Fig.9 2019/3/25
術直前にドリリングホールの修正を行ったステントを装着し、デンタルX線で確認する
使用したインプラントはφ4.1 長さ10mm SPRN(Straumann®社製)、埋入トルクは35N以下、15N以上で行います。骨欠損にも関わらず埋入トルクは15N以上を確保しました。ステントを用いた正確なドリリングの賜物です。
また、骨欠損部にはBioOss®を填入、頬側粘膜部にCGF(Concentrated Growth Factors:凝集成長因子)を置き、フランジキャップにて封鎖しました(Fig.10a-d)。
Fig.10a,b インプラント術前の口腔内
骨幅は比較的保たれている
Fig.10c,d 切開線は歯槽頂より舌側寄りに入れる
骨欠損部にはBioOssを填入し、フランジキャップを装着した
その後、術後3ヶ月で2次手術を行い(Fig11a-d)、同日インプラント支持型テンポラリークラウンを装着(Fig.12a-d)。インプラント周囲粘膜の成熟を待って最終印象、最終補綴物をスクリュー止めにて装着しました(Fig.13a-b, Fig.14)。
Fig.11a,b 2019/6/29
2次手術前口腔内
Fig.11c 最小限の切開でインプラントを露出。テンポラリーアバットメントを15Nで装着し、ぶつからない高さまで削っておく
Fig.11d X線で適合を確認する
Fig.11e テンポラリー製作中は延長ヒーリングキャップで粘膜を広げておく
Fig.12 2019/6/29
2次オペ後、即日テンポラリー冠を装着
前後の歯にたっぷりワセリンを塗っておいて口腔内でレジンを盛り上げ(a)、口腔外で 形態修正を行う(b)
立ち上がりはレスカウンターで仕上げる
Fig.12c,d 少し咬合を低めにしたテンポラリークラウンを装着したところ
Fig.13a,b スクリュー止めフルジルコニア最終補綴物
Fig.14a, b 2020/9/14 最終補綴物装着
アクセスホールは中心窩にあり、口腔粘膜から自然に立ち上がっている
Fig.15 装着時デンタルX線
補綴物セット後には必ずX線で適合をチェックする
考察
抜歯後8週間でのインプラントの早期埋入では、口腔粘膜は治癒しているため縫合や骨造成材の保持のための十分な強度が得られますが、著しい骨組織の治癒は見られず、やや手術の難易度は高いといえるでしょう。
一方で、骨造成(マイナーGBR)を併用した場合には骨の頬舌径は比較的保たれ、メインテナンスしやすい補綴物の装着が可能になります。また治療期間も抜歯から始まって8ヶ月、インプラント植立から術後5ヶ月半の比較的短期で治療を完了するなど、治療期間の短縮が図れるメリットも得られる時期だと考えられます。
結論
抜歯後2ヶ月でのインプラント早期埋入は注意深い術前のプランニングによって比較的安全にインプラント治療を行う事が可能であり、初診時に保存不可能な歯が手術予定部位に存在する場合の手術時期として十分検討できるでしょう。メインテナンスしやすいインプラントを入れることは、インプラントの長期的な予後を良好なものとします。
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執筆者
日本大学を卒業後博士号を取得。数多くの学会、スタディーグループの垣根を越えて研鑽を重ねる。
所属のみに限らず研究や講演を行い、2015年より尚美包括歯科研修会にて「インプラント〜はじめの1本〜」を主宰している。