インプラント治療の主流が外科主導型から補綴主導型に変わった現在において、とくに審美性を求められる前歯部は何を重視して治療に臨むべきだろうか。
筆者は、既存骨を最大限に利用した低侵襲かつ短期間の “患者主導型のインプラント治療” を選択すべきであると考えている。本稿では、いま注目を浴びている患者主導型インプラント治療「4S-concept」に則り、インプラント治療を行った症例を供覧する。
初診時資料
患者は27歳女性。 1年前に打撲で#11を歯牙破折し、脱落したクラウンを隣在歯に接着された状態で来院した。
初診時の口腔内写真とデンタルX線写真。
#11は歯根破折が骨縁下に達し、2次カリエスが進行しフェルールがない状態であった。#11の歯肉縁形態は不揃いであるが、適正な歯肉縁下形態を与えたインプラント治療で歯肉ラインを整えることは容易であると判断した。
事前に説明を十分に行い、患者はインプラント治療を希望した。
CT所見。
CT画像から、今症例は唇側歯槽骨の吸収量を予測した歯槽骨形態分類においてThin-Thin Typeであると判断した。
抜歯後の唇側歯槽骨の吸収量を予測した歯槽骨形態分類(Hayashi 2018)。
これにより、抜歯による唇側歯槽堤のボリュームの吸収が大きいことが予測できた。
また、根尖部の過剰歯を抜歯した場合、インプラントの初期固定を得ることは困難になる。4S-conceptを達成するための抜歯即時埋入・即時荷重を成功させるには一次安定をいかに獲得するかが重要なポイントとなる。
画像上でインプラント埋入時のシミュレーションを行う。
治療計画としては、Root membrane techniqueにて唇側のボリュームを維持することとした。
また、Osseodensificationを応用することで切削ではなく圧縮・拡大してインプラント窩を形成し、骨の裂開・穿孔を起こすことなく骨の緻密化を図る。また、直進安定性が優れていることを利用して過剰歯に触れずにインプラント治療を行えると判断した。
インプラントは、一次安定を得るために長さ15mmを選択した。一次安定が不足する場合にはワンサイズアップの長さ18mmを選択する。
インプラント体のコアの強度面から径4mmを選択したいが骨幅、過剰歯の関係から今症例では径3.5mmを選択した。
4S-conceptに則ったインプラント治療
以下に、術前から術後までの一連の治療内容を示す。
1. 抜歯
#11相当部の補綴物を除去し、浸潤麻酔下でのBone soundingで骨の概形とルートメンブレン予定部が健全な歯質かどうかの確認を行い、C-shaped shieldが選択可能であると判断した。
#11相当部の補綴物を除去した状態で骨の概形などを確認する。
Initial shaperで近遠心に歯根を分割し、口蓋側歯根を抜去する。
残根歯は丁寧に抜去する。
2. 起始点のマーキング
Bone soundingで計測した骨縁までの距離をもとに、まずはRound diamond 3mmでフラグメントの高さを骨縁上まで形成する。
フラグメントの高さや厚みの調整を行う。
続いてFS-1でフラグメントの厚みの調整を行い、FS-2でベベルを形成する。またインプラントとフラグメントが接触することがないように根尖部を削合しておく。
形成されたC-shaped shield。
PVRを試適、Initial shaperで位置と角度を決定する。この時点で、最終補綴物における適正なインプラントの位置と軸面の確認を行う。
PVRを試適した状態。
3. ドリリング
まずVT1525(2.0)で正回転ドリリングし、VT1828(2.3)、VS2228(2.5)、VT2535(3.0)の順で逆回転ドリリングを行い圧縮・拡大による骨の緻密化を図った。
繊細に過剰歯を避けてドリリングするために、Densah®︎burを使用した逆回転ドリリングは直進安定性が良いため、非常に安全で確実な方法である。
Densah®︎burでOsseodensification techniqueを応用することで骨の裂開・穿孔を起こすことなく安全にインプラント窩を形成できる。
4. インプラント体埋入
AnyRidge®️インプラント直径3.5mm×長さ15.0mmを埋入した。ISQ値は70、埋入トルク値は45N。抜歯窩とインプラントとの間隙に骨補填材を填入し、PEEKテンポラリーアバットメントを装着後コラテープで被覆した。
インプラント体埋入直後。
5. プロビジョナルクラウンの装着
オペ直後にスクリュー固定PVRを作製した。この段階でのCritical contourはややレスカントゥアーに整えて唇側歯肉の倒れこみを促すことを目的とした。隣接面はフルカントゥアーにて歯間乳頭をサポートして抜歯窩方向へ歯間乳頭が倒れこむのを防ぎ、Sub critical contourは全周ストレートにして隣接面部の歯肉の増殖を促した。
作成したPVR。
術直後・即時PVR装着後の口腔内所見とデンタルX線所見。#11根尖部の過剰歯を避けつつOsseodensificationにより骨の緻密化を図り、一次安定を増強した。
術後経過
術後3日の口腔内所見。痛み、腫れなど炎症は全く認められない。
術後3日の口腔内所見。
術後8週の口腔内所見。ISQ値は71。二次安定が獲得されたので口腔内スキャナーで光学印象を行った。
術後8週の口腔内所見。
スクリュー固定最終補綴物の歯肉縁下形態。Subcritical contourは唇側・舌側ともにFlatに、隣接面はややConvexに付与することで歯間乳頭のクリーピングを促す。Critical contourは PVRよりも垂直的・水平的にややOver contourを付与することで最終の歯肉縁形態を整える。
スクリュー固定最終補綴物の歯肉縁下形態。
最終補綴物装着直後の口腔内所見。歯肉縁形態の連続性は改善されている。治療期間は10週。
Non matching connectionのインプラントの骨縁下埋入であるためMBLのリスクは少なく、プラットフォーム上アバットメント周囲に新生骨の形成が期待できる。
最終補綴物装着直後の口腔内所見。
最終補綴物装着後のCT所見。Thin-ThinタイプであったがRoot membrane techniqueにより束状骨の吸収はない。
最終補綴物装着後のCT所見。
4S-conceptに則ったインプラント治療を達成するにはシンプルに手術回数を1回で、即時にPVRを装着し、治療期間を短縮することが第一目標となる。そのためには術前に骨質・骨形態を見極めた上でいかにして十分な一次安定を獲得するか、また最終補綴形態を予測した適正な埋入位置への配慮が必須である。
最終補綴物装着直後の口腔内所見。
***
このように4S-コンセプトに基づき、十分な初期固定が得られる抜歯即時埋入を行えば即日にPVRの装着が可能となり、患者の治療期間中のQOLの低下を防ぐことができる。また、手術回数も1回で済み上部構造をわずか10週で装着できる低侵襲でかつ短期期間治療つまり、患者主導のインプラント治療が可能であると考える。
執筆者
1997年に九州歯科大学歯学部を卒業。フルマウス治療・審美歯科治療を専門とする医院に勤務した後、大阪市新町に開業する。現在は四ツ橋に拡張移転し、「4Sコンセプトに則ったインプラント治療」を主に総合的なクリニックを構える。一方で歯科医師向けに毎月Webセミナー・ライブオペセミナー・ハンズオンセミナーのインストラクターを勤め、患者本位のインプラント治療の啓蒙に情熱を燃やしている。