2023.10更新
「歯科医院は医療法人化した方が良いと聞いたがなぜだろう」
「医療法人化するにはどのような手続きが必要なのか知りたい」
このように、歯科医院の医療法人化について悩みを抱えている先生方は多いのではないでしょうか。
「医療法人化には大きなメリットがある」というイメージが先行する一方で、デメリットについては詳しい情報を知らない方も少なくありません。
本稿では、医療法人化の概要やメリット・デメリットについてまとめました。記事の後半では、医療法人化の手順についても解説していきます。
歯科医院における医療法人化とは
歯科医院における医療法人とは、「歯科医師が常時勤務する医院を開設する法人」のことを指します。そして、個人事業主として開設していた歯科医院が法人化することを、「医療法人化」といいます。
歯科医院が医療法人化すると、それまで個人事業主であった歯科医師は法人(歯科医院)から給料を受け取る給与所得者となり、さまざまな節税効果を発揮します。
しかし、医療法人化は誰もができるわけではありません。後述しますが、各都道府県知事から認可を得たり、診療業務に要する施設や資産を保有したりするなど、歯科医院が法人化をするにはさまざまな要件を満たす必要があります。
個人事業主と医療法人の主な違い
個人事業主 |
医療法人 |
|
設立費用 |
なし |
資本金によって異なる |
所得税率 |
5〜45% |
15%〜23.2% |
住民税率 |
均等割(4,000〜5,000円)+所得割(10%程度) ※自治体によって異なる可能性があります |
均等割(70,000円)+法人税割(7%程度) ※均等割は資本金一千万円以下、従業員数50人以下の場合の場合 ※自治体によって異なる可能性があります |
厚生年金 |
適用義務なし |
適用義務あり |
分院の開設 |
原則不可 |
可能 |
債務責任 |
無限 |
有限 |
「国税庁公式HP」および「日本医療法人協会公式HP」の内容をもとにWHITE CROSS編集部で作成
医療法人化する歯科医院は多い?
まずは、歯科医院における医療法人の現状を見てみましょう。以下の二点について詳しく解説します。
① 歯科医院における医療法人の割合
② 歯科医院における医療法人の多い都道府県
① 歯科医院における医療法人の割合
「令和3(2021)年医療施設(動態)調査・病院報告の概況」によると、令和3年10月1日における歯科診療所の開設施設数は67,899施設。そのうち、もっとも多いのは個人医院で、51,650施設。医療法人は15,635施設と、全体の23%ほどです。
割合だけを見ると、個人医院が全体の70%以上を占めているため、医療法人数は少なく感じられるかもしれません。しかし実は、医療法人化する歯科医院は年々増えています。
医療法人数における前年との比較は、以下の通りです。
開設者別にみた歯科診療所の施設数(画像は厚労省資料をもとに編集部で作成)
医療法人数は前年よりも474施設増えており、3.1%増加傾向にあります。一方で、個人医院は前年より0.9%減少しています。
② 歯科医院における医療法人の多い都道府県
歯科医院における医療法人数が多い県は、以下の通りです。(令和2年3月31日時点)
1位:東京都(1,654施設)
2位:大阪府(865施設)
3位:神奈川県(788施設)
人口の多い地域は、医療法人化している歯科医院が多いといえるでしょう。
歯科医院が医療法人化するメリット
歯科医院が医療法人化するメリットは、以下の通りです。
・節税効果がある
・社会的信用を得られる
・事業継承手続きが容易になる
・事業規模の拡大が可能になる
・債務責任が有限となる
節税効果がある
歯科医院が医療法人化することで、節税効果を期待できます。それまで個人事業主であった歯科医師が法人(歯科医院)から給料を受け取る給与所得者へ変わり、給与所得控除を受けられるようになるためです。
さらに、家族を医療法人の役員にすれば、家族に対して役員報酬を支払うことも可能です。法人として世帯の中で所得を分散させることで、税率を下げられるのです。
その他、個人課税が法人課税に切り替わることで所得税や住民税などの最高税率が下がったり、退職金を歯科医師や家族へ支給できたりするメリットがあります。特に退職金は通常の給料よりも税制面で優遇されるため、大きな節税効果に繋がるでしょう。
社会的信用を得られる
歯科医院が医療法人化すると、社会的信用を得られるメリットもあります。“医療法人”という言葉が付くことで母体が大きく感じられるため、一般的に「きちんとしている」というイメージが強くなります。
その結果、効果を発揮するのが人員採用です。医療法人化すれば、求人募集を出した際に、応募の増加が期待できます。
求職者が求人情報を検索する際に、「社会保険へ加入できること」を条件としている人は少なくありません。そのため、社会保険への加入が義務付けられる医療法人には、求人応募が集まりやすいのです。
応募数が増加すれば、歯科医院は、よりレベルの高い人員の獲得が可能になるでしょう。
事業継承の手続きが容易になる
歯科医院が医療法人化することで、事業継承の手続きが容易になります。
個人事業主の歯科医院が事業継承を行う場合、事業譲渡契約書の作成や、スタッフまたは債券者との契約の切り替えなど、複雑な手続きが必要です。
しかし医療法人であれば、事業継承時に新たに開設許可を受ける必要がありません。出資持分や理事長個人名義財産の移転などの手続きを行い、代表者である理事長を交代するだけで完了します。
また、事業継承の他、歯科医院を存続しやすいのも医療法人のメリットであるといえるでしょう。例えば院長の歯科医師に突然の不幸があったとしても、医療法人であれば解散手続きをとる必要がないのです。
事業規模の拡大が可能になる
歯科医院が医療法人化することで、事業規模の拡大が可能です。これは医療法人であれば、分院の開設ができるためです。
個人事業主の場合、原則として院長が複数の医院を管理することは認められていません。複数の歯科医院を経営して事業規模を大きくしたいと考えている場合、医療法人化をするのがおすすめです。
債務責任が有限となる
歯科医院が医療法人化することで、債務責任が有限となります。
個人事業主の場合、権利義務は院長に帰属します。そのため、院長が歯科医院の債務責任を負わなくてはなりません。
例えば、借入金を抱えた状態で経営が困難になり、倒産を余儀なくされた場合を比べてみましょう。この場合、個人事業主であれば、院長が私財を犠牲にしても返済する必要があります。一方法人であれば、権利は法人に帰属します。そのため、院長の債務責任は出資金を限度とし、倒産時も出資金の範囲内での返済となるのです。
ただし、医療機器のリース契約のように、理事長が連帯保証人となっている場合は、出資金を超えた債務責任が必要になる場合もあります。
歯科医院が医療法人化するデメリット
医療法人化にはさまざまなメリットがありますが、一方でデメリットも存在します。
・設立するためには複雑な手続きが必要となる
・社会保険・厚生年金に強制加入となる
・解散が容易にできなくなる
・利益配分ができなくなる
設立するためには複雑な手続きが必要となる
歯科医院における医療法人化の手続きは、非常に複雑で時間や手間を要します。
例えば、医療法人化する際には、以下の機関でさまざまな書類の申請を提出し、認可を得なければなりません。
・都道府県
・法務局
・保健所
・社会保険事務局
・労働基準監督署
・厚生局
・税務署
書類作成以外にも、手続きの方法や締め切りを事前に把握する必要があります。こういった手続きは医療法人設立後も続き、決算書や関係省庁への書類提出など、決して容易ではありません。日常的な会計管理も細やかさが重視され、個人事業主とは違う大変さを感じるでしょう。
社会保険・厚生年金に強制加入となる
歯科医院が医療法人化すると、その従業員は社会保険・厚生年金に強制加入となります。
社会保険は医院と従業員で半分ずつ負担するため、必要経費が増えてしまいます。健康保険は歯科医師国保を継続することは可能なものの、今まで従業員の保険料を負担していなかった医院にとっては、従業員の人数が多いほど多大な費用が必要です。
また、医療法人になると、自身も小規模企業共済や年金基金への加入はできなくなります。従業員に対する必要経費が増える一方で、自身の資金はしっかりと備えておく必要があるのです。
解散が容易にできなくなる
歯科医院が医療法人化すると、解散が容易にできません。医療法人を解体した際に残った財産は、国や公共機構の預かりとなります。役員などの個人に残すことはできないため、残余財産の扱いに注意が必要です。
利益配分ができなくなる
歯科医院が医療法人化すると、利益配分ができなくなります。医療法人は原則として非営利のため、利益が出ても余剰金の役員分配はできません。利益分として翌年以降の給料を増やす方法もありますが、すぐに反映できるわけではないため注意が必要です。
歯科医院が医療法人化する条件
次に、歯科医院が医療法人化する条件について解説します。条件は、以下の3つです。
① 人的要件
② 資産要件
③ その他の要件
① 人的要件
医療法人の設立には、原則として以下の人数が必要です。
・理事:3名以上
・監事:1名以上
・社員:3名以上
ここでの「社員」とは正社員のことではなく、社員総会で医療法人の重要事項を決議する権限をもつ人のことを指します。上記の人数を確保した上で、理事の中から歯科医師の一人を理事長に選任します。
なお、特例として「一人医師医療法人」という制度もあります。通常は上記の人数が必要ですが、一人医師医療法人の場合は、都道府県知事の認可を受けた者であれば1人、もしくは2人の理事で法人を設立することが可能です。
② 資産要件
医療法人の設立には、業務に必要な資産を有する必要があります。業務に必要な資産の例は、以下の通りです。
・2ヶ月分の運転資金
・不動産・借地権
・預貯金
・内装付帯設備
・医薬品・材料
・医療用器械備品
2ヶ月分の運転資金が必要なのは、保険診療収入の入金が2ヶ月程度先になるためです。その間、経営するための運転資金を確保しなくてはなりません。
また、要件ではありませんが、法人化する際に診療所の運営で必要な財産の取得に発生した負債は引き継ぐことが可能です。引き継ぐ際は金融機関に相談し、必要書類を添付した上で申請します。
一方で、運転資金の借り入れについては法人へ引き継げません。また、法人化前の運転資金や消耗品購入費用の負債も引き継げないので、注意が必要です。
③ その他の要件
診療所などを開設する土地や建物は、法人の所有が望ましいとされています。
しかしながら、契約が長期間(10年以上)で賃貸借契約が担保されていれば、契約の名義を法人に変更すれば問題ありません。個人から法人へと引き継ぐ必要はありますが、医療機器のリース契約も同様とされています。
歯科医院における医療法人化の手続き・手順
医療法人化に必要な手続きの手順は、大きく分けると以下の7つのステップがあります。
1. 事前相談
2. 申請書類作成
3. 設立総会
4. 申請
5. 認可
6. 登記
7. 各種届出
1. 事前相談
医療法人化の手続きで最初に必要なのは、事前相談です。事前相談は、各都道府県の医療法人係の担当者や歯科医師会の担当者と、設立の時期について協議を行います。
医療法人を設立するには、都道府県知事の認可を受ける必要があり、認可申請は自治体によって受付の日程に定めがあります。そのため、法人設立の時期を相談して、事前にスケジュールを組み立てるのです。
都道府県によっては医療法人の設立説明会が開催されることもあるため、それらを活用して、スムーズに進められるように準備しましょう。
2.申請書類作成
事前相談で必要事項を協議したら、次は申請書類を作成します。医療法人化するために必要な申請はさまざまですが、例えば以下のようなものが挙げられます。
・定款
・医療法人運営に必要な資金の拠出・寄付に関する契約書
厚生労働省や各都道府県のHPには、法人の定款例が掲載されているので、活用してみると良いでしょう。
3.設立総会
申請書類の準備が完了したら、設立総会を開催します。総会では、定款や役員、拠出金等の承認を行います。
4.申請
必要書類をそろえて申請書を作成し、各機関へ提出します。提出の際は、都道府県の医療法人係に設立を申請しますが、本申請前に仮申請が必要です。本申請だけでなく、仮仮申請期間も定められているので、日程管理には注意しましょう。
5.認可
書類に不備がなければ、医療審議会で審査をして認可されます。認可されることで、設立認可書が交付されます。
6.登記
設立登記申請書類を作成し、設立登記申請を行います。登記をすることで、医療法人が成立します。
7.各種届出
法法人登記された後は、以下のようなさまざまな届出を各機関に提出する必要があります。
・医療機関等としての届出
・税務関係の届出
・社会保険関係の届出
提出機関は都道府県や保健所、年金事務所、税務署など、書類に応じて異なります。
歯科医院における医療法人化 まとめ
歯科医院における医療法人化について解説しました。
歯科医院が医療法人化することで得られるメリットはたくさんあります。一方でデメリットもあるため、何を重視するかを考えた上で法人化を検討することが大切です。
医療法人化の手続きにかかる期間は都道府県によって異なりますが、一般的には仮申請から認可書の交付まで5ヶ月ほどを要するとされています。
また、法人設立後も、都道府県や保健所、税務署などでさまざまな手続きが必要となるため、医療法人化を考えている場は余裕をもったスケジュールで取り組みましょう。
参考
執筆者
WHITE CROSS編集部
臨床経験のある歯科医師・歯科衛生士・歯科技工士・歯科関連企業出身者などの歯科医療従事者を中心に構成されており、 専門家の目線で多数の記事を執筆している。数多くの取材経験を通して得たネットワークをもとに、 歯科医療界の役に立つ情報を発信中。