2018年5月20日日曜日、御茶ノ水にある東京医科歯科大学の歯学部特別講堂にて、今年で4回目となる『DENTAL CAREER SEMINER 〜その一歩が未来を左右する〜 』が開催された。
朝10:00からスタートのセミナーにも関わらず、会場は180名を超える参加者の熱気であふれていた。大半が現役の歯学部の学生であり、歯学部全29校中13校からこの日のために上京してきた。
受付も、講演する先生もボランディアで、学生自身も運営に携わる。
卒後に踏み出す一歩から始まる数年間が、歯科医療人としての人生を大きく左右することを、歯科医師になった後に誰もが知る。そして、学生時代に思い浮かべる以上に、歯科医療界は広く深く、そこには様々な生き方がある。
若い熱気に溢れる会場
DENTAL CAREER SEMINER(以下、DCS)では、次世代の歯科医療を担う歯科学生に歩むべき道を見つけて欲しいと願う開業医、勤務医、大学院、国内外の専門医など、様々なキャリアを歩む先達が集まり、歯科学生に語りかける素晴らしい場であった。
午前の部
開会の挨拶
冒頭に、DCSを主催する幡野先生から、セミナーが開催された経緯や、主旨についての説明が行われた。幡野先生は、山形県の日吉歯科の熊谷先生に師事し、歯科医療の素晴らしさを知った。
「生まれたてのヒナのような新人の歯科医師にとって、そのキャリアの初期に出会った歯科医師の患者と向き合う姿勢やフィロソフィーが自分自身の軸となる。そのため、最初の5年が大切」というのは熊谷先生から受け継いだ教えの一つという。DCSの根底にあるのは、学生時代から自分たちの歩む歯科医療人生について、真剣に考えるきっかけを持ってもらいたいという願いである。
歯科医療は人々の健康に継続的に携わります。その蓄積が人の人生に影響を与えます。歯科医療のあり方しだいで、人々の終末期がどうなるか・・・その思いを持って歯科医療に取り組んで欲しいのです。
口腔が全身健康に影響を及ぼすことが広く知られて始め、歯科医療という仕事を重ねて考えるべき領域が拡大している現代だからこその言葉なのかもしれない。
そして、様々なキャリアを歩む、各先生へとバトンが渡される。
卒後10年の過ごし方
「研修先はどこにしよう」「どこかにたくさん学べる勤務先はないかな」「海外留学もしてみたい」「プライベートでは・・・」・・・歯科医師として歩む日々の中で、人生の悩みとキャリアとが重なり迷う。
そんな日々の中で、生涯かけて誇りをもってやるべきことは何なのかをよく考えて欲しいと、鶴見先生は語りかける。
その上で、童話の「3匹の子ブタ」に例えて、歯科医師のキャリアを分類した。歯科医療をお金を稼ぐ手段のみとして捉えてしまうもったいなさ。セミナー依存症になることが歯科医療の本質ではないこと。そして、ぶれない「レンガのおうちを建てる子ブタ」を目指して欲しいという願いが伝えられた。
スライドより
また、大学教育においてなかなか教えられていない診査・診断、治療計画策定の壁についても語られた。
大学で教えてもらうのは、どのように治すかという歯科治療学です。
という言葉に、共感を持つ歯科医師は多いのではなかろうか。学生時代に実感を得ることが難しくても、近い将来必ず直面する壁として知っておくことは大切である。
歯科医療の価値=治療の価値ではありません。歯科医療の価値は、患者さん・地域住民の健康の価値です。地域の皆さんには、歯の大切さを理解してもらい、歯科医療を通じて健康を育みゆたかな未来を提供することが歯科医療従事者の仕事です。
私たちの向かうべき相手は、むし歯菌でも、クレーマー患者さんでも、自院に隣接するライバル医院でもありません。その地域に根付く風土、価値感、習慣こそが一番の敵であり、それらを変えて行くことが私たちの使命です。
40年、50年続く歯科医師人生において、最初の10年は自分が人生をかけてやりたいコト。つまり、方向性を決める時期です。身につけた臨床手技の先に、何をしたいのか?そのためには、良い師匠に出会うことが大切です。
歯科医師になって10年の経験を経て、学生時代の自分自身に伝えたい言葉が結晶化したような内容に、参加者も真剣に耳を傾けていた。
君たちは専門にどのようにしてなるか
矯正専門医として勤務している晝間先生は、「君たちは専門医としてどのように生きるのか。そして社会とのつながりをどう考えて生きるか」について語りかけた。
自分が生まれてきた価値を見つけるための専門医であるべきです。
素晴らしい治療ができたが、矯正治療の終了と共に患者の来院は途絶えたことがあります。予防のための矯正治療と言っていながら、私の提供した治療はこの患者の生涯の健康に貢献したのでしょうか?
専門医として直面する生々しい悩みの先に、専門医としての治療という狭い範囲のみで考える限界を知り、歯科医療界における予防主体のつながりがあって初めて、専門医が活きるのではないかという思うに至り、時間をかけてチーム医療を作り上げてきた過程が語られた。
「自分が生まれてきた価値を、専門医に重ねる。予防主体の歯科医療の中の専門医」という晝間先生の言葉は、岩永先生、田中先生へのリレーへとつながる。
キャリア形成における留学の位置づけ
田中先生は、東北大学歯学部を卒業後、GPとしての研鑽を積んだ後に、コロンビア大学歯学部歯内療法科に留学する。帰国後、歯内療法専門医として活動。2014年からは日吉歯科診療所 専門医診療室で診療も行い、2016年より、東北大学大学院に進学する。近年は専門性を持ちながら予防型歯科医療にも取り組んでいるという。
正直、自分の経歴を眺めると、一見「予防したいならGPでは?」「大学院いくなら最初から行けば?」と思います。器用な生き方ではないかな。と思う一方で、時代が変わってきています。
歯科医師として社会とのつながりを広げる上で、何を身につけていくかを考えることが大切です。
人生100年時代という言葉が一般化し、人間のライフステージが、これまでの3ステージからマルチステージへと変化してきていることが指摘されている中で、その時々で、必要な教育を得ながら再度仕事を通じて社会に還元していくことが求められる。
その変化を体現するかのように、新しい専門性を深めがら歯科医療人生を歩まれている田中先生の言葉に、長い歯科医師人生の広がりを感じさせられる。
また、医療全体が治療から予防にシフトしいく中で、医療の主体も医療従事者からヘルスケア消費者にシフトし、治療に基づく医療手法よりもセルフケアを実行できる時代になるという。歯科医療もまた、治療の繰り返しのサイクルから予防の繰り返しのサイクルへと変化していくことの大切さが語られた。
一見、歯科医療のニーズの低下のように見えて、
予防がメインストリームになればなるほど、患者さんも信頼性や付加価値を求めるようになり、治療も専門性がより求められるようになります。
と田中先生は言う。
質の高い = 治療費が高い、ではありません。確かな術者が行う確かな治療に価値が生まれてきます。そのためには、信頼性や付加価値、専門性を短期集中で高めるための一つの選択として、海外留学もあるのではないでしょうか?
長い時間軸と広い視野で見て、目標をもって歩んでください。
という言葉が心に残る。
真剣に講演を聴く参加者
“Career”という名の”夢”
午前の部、ラストは、米国在住で臨床解剖学を専門とする岩永先生である。講演のキーワードは"夢"と"登る山"であった。
東京医科歯科大学卒業後、口腔外科と出会い、自身の夢を見つけたこと。家庭の事情で実家の歯科医院を継いだ後も、その夢を諦めきれず、開業医として働きながら久留米大学の口腔外科に通ったこと。非常に厳しい修行の中でも、"夢"の力に背中を押され、諦める事は一切ありえなかったこと。
そして、様々な人との縁で留学し、歯科医師としては初となる世界的な解剖学書に携わる機会を得たり、アメリカ臨床解剖学会において大切な役を担うようになってきたこと。
臨床が恋しいけど、自分にしかできないリサーチや教育で多くの人の命が救えるかもしれないと思うと、ワクワクします。
歯科医療に軸足を置きながら、凄まじい情熱と行動でその境界線を広げていく岩永先生の歯科医療人生に、会場は聞き入った。
どのように夢を見つけるのでしょうか。夢は、登るべき山です。誰もが同じ山を登る必要はありません。
一つしか山が見えないときは、「それしかない」と思います。100の山を知れば、いろいろ比較して選ぶことができるようになります。同じ職場の同僚・先輩が一つめの山になります。興味がある分野の著名人に出会うことで、また新しい山を知ります。
自分がやるべき事を見つける前は、その一つ一つの山が憧れになります。会いたい人がいれば、会いに行ってください。夢を見つけることに貪欲でいてください。
そしてあなた自身の夢を見つけて、あなた自身の花を咲かせてください。