新型コロナウイルス(以下、COVID-19)の新規感染者数の伸びが抑制されていることを受け、政府は、14日にも特定警戒都道府県以外の34県で緊急事態宣言を一括解除することを検討をしている。
経済再開に向けた出口戦略が検討される中で、コロナ禍の前後で、世界はどのように変わるのであろうか?思い返せば、2007年のリーマン・ショックから連鎖した世界金融危機や、2011年の東日本大震災の最中、多くの学者や知識人が「限界を迎えた資本主義に変わり新しい社会システムが生まれる」「日本社会のありかたが根底から変わる」などとコメントした。しかしながら、その前後を明確に切り分けるほどの根本的な社会変化は見られなかった。
それでは、コロナ禍はどうであろうか。「戦後最大の危機」と表現され、日本国においても世界金融危機の際の約2倍規模にあたる108兆円の経済対策が打ち出される中、歯科医療もその影響を真正面から受けている。かつてないほどまでに感染対策に注目し、行動したのは、歯科医療従事者だけではない。国民の感染対策に対する意識もまた、かつてないほどまでに高まっている。
それではコロナ禍は、世界金融危機や東日本大震災の時とは異なり、歯科医療のあり方を変えるのだろうか?それとも、時間の経過と共にコロナ禍以前の姿に戻っていくのであろうか。その答えは、歯科医療の提供者側ではなく、歯科医療の受け手である患者側にあるのではなかろうか。
京都府南丹市高屋歯科医院勤務でグロービス経営大学院大学において経営学を専攻する高屋翔先生は、COVID-19が一般市民の意識や行動に与えた影響について調査しており、1500名以上の住民からの回答をもとに論文をまとめている。緊急事態宣言中の歯科受診に関する国内最初の論文として、福岡県開業の築山鉄平先生、米国クレイトン大学歯周病科教授の宮本貴成先生が監修を務められており、今後、歯科商業誌や国際的な専門誌などでの全文の掲載が検討されている。
WHITE CROSSでは、今後の歯科医療のあり方を紐解く貴重な情報として、論文を一部掲載させていただいた。
【速報】緊急事態宣言中の歯科受診に関する調査 第1報
2020年3月11日に、新型コロナウィルス(以下、COVID-19)の感染拡大が懸念されることから世界保健機関(以下、WHO)は「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(パンデミック)」を宣言(1)した。本稿執筆の5月2日時点においても感染拡大は進行しており、全世界で感染者が343万人を超えている。国内においても、都市部を中心に新規感染者数は増加し続け(5月2日時点で14,544人(2))、4月16日に発令された全国緊急事態宣言以降、国民の生活は制限された状況が続いている。
COVID-19の感染経路については、これまで飛沫感染と接触感染が主に報告され(2)、感染者の咳やくしゃみから発生するエアロゾル中にウィルスが3時間程度生存するとされている(3)。無症候感染者も多く、自覚なくウィルス感染を広めるため、感染経路の特定が難しいという特徴もある(2)。
COVID-19の感染拡大により、歯科診療を取り巻く環境も大きく変化している。2020年 3月15日、ニューヨークタイムズは「歯科医師や歯科衛生士がもっともコロナウィルス感染リスクが高い職業」と公開した(4)。この報道以降、歯科医療従事者の意識も変化し、通常の歯科診療を行 うことに不安を募らせた。歯科診療では、エアータービン、超音波スケーラーの使用により多量の エアロゾルが発生する。このことより、歯科医院でのCOVID-19の院内感染を防ぐためにはエアロゾル対策が必須と考えられる。米国疾病予防管理センター(CDC)が発表した歯科医療従事者向けの暫定的なガイドライン(随時アップロードされており、本稿執筆時の最新版は4月27日(5))によると、
1. 歯科治療の現場は感染管理に関する事項を考え直し追加しなければならない
2. 緊急ではない歯科処置を延期する
3. スタッフと患者の両方に、体調 不良が発覚した場合は自宅で過ごす必要がある
4. COVID-19の症状をもつ患者がクリニックに来院された場合取るべきステップを熟知しておく
と示されている。
また日本国内においても厚生労働省から4月6日に「歯科医師の判断により応急処置に留めることや、緊急性がないと考えられる治療については延期する なども考慮すること」と要請があった(6)。 患者の立場においても、3月中旬頃から不要不急の外出を自粛するよう要請され、明確な定義のない行動制限を自己判断で行っていると考えられる。同時に、新型コロナウィルス関連の情報は連日報道され、歯科医院における感染のリスクについても取り上げられることがあり、患者が感染を恐れて歯科受診に対して慎重になることが懸念される。
これらのことから、今回我々は、COVID-19感染拡大下における患者の歯科医院受診に対する意識調査を行った。本調査はfaceboookを中心としたSNSを通じたインターネットアンケート調査(歯科医院利用に関する アンケート)とした。調査は5月4日現在も継続中で、本寄稿文においては、5月1日〜4日に回答いただいた1500名を抽出して使用した。本調査における回答者の特性および緊急事態宣言前の歯科受診頻度と緊急事態宣言後の歯科医院受診に対しての不安度の関係について割合を示す。
今回のアンケート調査は30代〜50代の割合が85.6%と多く、インターネットやSNSが生活に根付いている層が中心に回答したと考えられる。また、本調査で定期的に歯科医院を受診すると回答した者の割合が53.6%であった一方、2018年の日本歯科医師会の報告では1年以内に歯科医院にて定期的にチェックを行った割合(30~50代)は30.0%であった(7)。この背景には、本調査の回答者の健康意識が高く、歯科的知識がある程度備わっている層が回答に応じた可能性が考えられる。
緊急事態宣言後の歯科医院の利用状況は、何かしらの方法で歯科医院受診の予約変更を行った割合が49.5%であった。この理由として、歯科医院の待合室や診療中の状況などは社会的距離(ソーシャルディスタンス)の確保が容易ではなく、日本政府が掲げる3密(換気の悪い密閉空間、多数が集まる密集場所、間近で会話や発声する密接場面)(8)に該当すると考えられ、歯科医院への受診が妨げられている可能性がある。
その一方、緊急事態宣言後に歯科医院受診を検討した群のうち、50.5%が予約変更をせず、歯科医院を利用していることも判明した。この結果に関しては、今回の調査で比較的感染が進行していない地域も含まれていることや、検診目的ではなく治療目的の可能性もあるため、今後さらなる分析が必要である。
今回の調査回答者の86.3%は歯科医院受診によるCOVID-19感染に対し、何かしらの不安を抱えていた。この理由として、調査回答者の多くは健康意識が高く、院内感染のリスクや歯科医院の診療環境の状況を報道やネット記事で目にする機会も多いのではないかと考える。“とても不安に感じる、できれば行きたくない”と回答した者は定期群が23.1%、不定期群が29.3%と不定期群で約6%高かったのに対し、“全く不安に感じないので平気で行く”と回答した者は定期群が14.5%、不定期群が13.1%とこちらは定期群が 高かった。
このことは、定期群が受ける診療は予防的処置が中心であるのに対し、不定期群では治療が中心 となり、切削などのエアロゾルの発生要因と考えられる行為を想起する傾向が強いと推測される。また、歯科医院での感染対策が歯科受診頻度の低い不定期群には広く認知されていないため、不安が拭えていない可能性もあり、歯科医院の取り組みをSNSや医院のホームページ上で公開したり、歯科医師会が中心となって新たな広報政策を打ち出すなど、歯科医院の感染対策の現状について周知することも重要になると考える。
本調査の限界点として、回答者の年齢や緊急事態宣言前の歯科受診頻度に偏りがあることが挙げられる。しかし、緊急事態宣言期間中の調査実施ということもあり、人との接触を避ける観点から詳細な聞き取り調 査の実施は現実的に難しく、短期間で効果的により多くの一般住民の回答を得ることに焦点を絞り、インターネットアンケート調査を実施したことは一定の意義が担保されるものと考える。今後さらなる調査や検討を続けたい。
引用文献
(1) World Health Organization. Coronavirus disease (COVID-19) Pandemic (2020/5/2 アクセス)
(2) 厚生労働省. 新型コロナウイルスに関するQ&A(一般の方向け)(2020/5/2 アクセス)
(3) van Doremalen N, Bushmaker T, Morris DH et al. Aerosol and Surface Stability of SARS-CoV-2 as Compared with SARS-CoV-1 N Engl J Med. 2020 ; 382 (16)
(4) The NewYork Times. The Worker Who Face the Greatest Coronavirus Risk. (2020/5/2 アクセス)
(5) Centers for Disease Control and Prevention. Interim Infection Prevention and Control Guidance for Dental Settings During the COVID-19(2020/5/2 アクセス)
(6) 厚生労働省医政局歯科保健課. 歯科医療機関における新型コロナウイルスの感染拡大防止のための院内感染対策について(2020/5/4 アクセス)
(7) 公益社団法人日本歯科医師会. 歯科医療に関する一般生活者意識調査 (2020/5/4 アクセス)
(8) 厚生労働省. 新型コロナウィルス感染症の対応について(高齢者の皆様へ)(2020/5/4 アクセス)
5月20日開催 WHITE CROSS Live 「ポストコロナ時代の歯科医療におけるニューノーマルを考える」
5月20日、WHITE CROSS Liveでは、当論文の執筆者の高屋翔先生、監修の築山鉄平先生、宮本貴成先生をお招きして、「ポストコロナ時代の歯科医療におけるニューノーマルを考える」という無料セミナーライブ配信を行う。
当セミナーでは今回の調査結果が詳細に語られ、今、日本社会において、歯科医療に対してどのような意識変化が起きているかを知ることができる。
COVID-19関連の情報は、ポストコロナ/withコロナ/afterコロナなどの用語で連日報道されており、患者の立場においても、国内では3月中旬頃から不要不急の外出を自粛するよう要請され、明確な定義のない行動制限を自己判断で行っていると考えられる。世界の報道に目を向けると、“ニューノーマル“ という言葉がよく使用されており、"オールドノーマル" にはもう戻らないという前提で、世の中がすでにニューノーマルに向けて動き始めている。
ポストコロナ時代の歯科医療におけるニューノーマルを考察するために、アンケート調査結果の報告を基に、歯科界のオールドノーマルからニューノーマルへのGlobal Transformation(グローバル転換)についての議論が行われ、今後の歯科医療のあり方が描かれていく。
執筆者
2011年に大阪歯科大学を卒業後、滋賀医科大学付属病院にてキャリアをスタートする。その後京都市内の歯科医院勤務を経て、現在は実家である高屋歯科医院でお父様と共に診療に従事。地域診療に携わる中で地域と医療との隔たりを感じ、地域と社会と医療を繋げる役割になるべく、グロービス経営大学院にて2022年にMBA取得。
また、「地域社会に予防医療を普及させる」をモットーに、歯科系ベンチャー企業のアドバイザーや大手企業と新製品共同開発、地域行政への対応など活動の幅を広げ、医療に関する各関係団体や、歯科衛生士会、歯科医師勉強会などからの講演依頼も多数。論文執筆、症例発表、学会発表なども積極的に行っている。